第9回 "医師・患者関係について"


今回はアメリカにおける医師・患者関係について学びます。

医師は患者の病態に責任を取らされます。一回も診察したことがない相手は患者ではないのは自明です。では、診察を受けようと出かけて来た人が心筋梗塞でバタッと倒れることを想定してみましょう。医師にかかろうとして車に乗った段階では、まだ患者ではありません。建物に到着しても、まだ患者ではありません。診察を受けるため、建物に入り医師の部屋のドアの前で倒れても医師・患者関係は成立しません。では、ドアを開けて足が敷居の線を1 cmでも越えて医師のOfficeに入り、そこで倒れたらどうでしょう。これは医師・患者関係が成立したと看做され、適切な治療をしたかどうか責任を問われてきます。
では、患者が敷居のところで倒れていて、心筋梗塞とは考えず、ちょっと具合が悪いんだろう程度に考え、椅子に座らせしばらく休ませているうちに死亡した場合、裁判で問われる罪はClinical Incompetenceと言います。この罪状は、医師がPracticeを続けていくに足る臨床的判断力を持っていないという意味で、医師を続けるかどうかの大問題です。

アメリカでは、日本も最近はそうですが、医師免許とは別に内科や外科のBoardの資格があります。Boardの試験は難しく、合格してもある一定年数で失効し再び受験しなければなりません。私が持っている内科のBoardは、今までは10年に一回大試験があり、Boardの資格を維持するためには受験しなければなりませんでした。実は、昨年私はBoardが切れたので2月に受験しました。まあ、忙しい診療の合間に受験勉強大変でした。しかし、Boardを更新していないと、上記のような場合不利になります。裁判になった場合、相手の弁護士が最初に聞くのはBoardの有無です。

“Dr.小林、あなたはBoardを持っていますか?”
もし、持ってない場合、
“なぜ、Boardを持ってないのですか。”
と聞かれ、
“Boardの試験を受けましたか? その結果は?”
もし、落ちていようものなら、
“え? 結果についてよく聞こえませんでしたので、もう一度ゆっくり大きな声でお答えください。”
とやられてしまいます。

ちなみに、ACPは10年に一度の大試験のほかに、5年に一度の中試験、2年に一度の小試験という3つの更新方法を発表しました。でも、どの受験で更新するにも勉強して試験を受けなければならないのは一緒です。アメリカで医師を続けるのは本当に大変です。

さて、心筋梗塞の患者を入院させICUに入れたのですが、心肺停止となり、Nurseが緊急に連絡しても忙しくて適切な処置が出来なかった場合、若しくは面倒くさくて無視していた場合は、Medical Negligenceという罪になります。On Callの日に当直室に居なければならないのに、自宅に帰り酒を飲んで緊急事態の対応が出来なかった場合もそうです。Incompetenceは無能で頭が悪いという意味で、Negligenceは頭はいいかもしれないが、怠け者であるという意味です。

患者の中には相性の悪い人もいるものです。若しくは、モンスター患者みたいな人も必ず出くわします。出来ることなら縁を切りたいと考えるものです。しかし、うっかり、患者にもう私の外来に来ないでくださいというと、Abandonmentに問われる場合があります。とくに他に医師がいない孤島などでは、医師が患者に必要な診察をすることを拒否するのは死活問題です。また、その町で他に専門医が一人もいない専門を専攻している場合も同様です。また、私のように異国で日本語で診療している場合、患者に他所に行けというと言葉の問題で医師にかかれなく深刻な問題が生じる場合があります。

患者が医師を変えるのはしょっちゅうで別に手続きはいりません。反対に医師が患者を縁切りする場合は手紙が必要で、そこには一定の期日(医師過密地帯なのか、過疎地帯なのかによってこの期間は違います。)、例えば3ヶ月後の何月何日をもって一切の医療サービスの提供を停止する旨書かれていなければなりません。その間の薬のRefillは行い、また、緊急事態には対応するものの、それ以外のサービスは停止し、患者に他の医師を探させなければなりません。また、新しい医師へ過去のカルテを提供するなど、医療のサービスの継続に支障がないように配慮します。
私はこの縁切り状の出し方は知ってはおりますが、まだ、一度も書いたことがありません。私の同僚は、言うこと聞かない患者に時々縁切り状を出しておりました。

アメリカの診察は保険が全額払うことはなく、何割かは患者負担分があります。この個人負担をCopayといいます。このCopay徴収は、どの医師も苦労します。また、Medicareは年度が変わると、最初の診療費の一定額$200ぐらいは患者が負担し、その支払いが終わった後にMedicareの支払いが始まる場合があります。これをDeductiveと言います。ある患者は何年にもわたり、これら個人負担分を払わない場合があります。こういう場合、医師は患者にサービスを提供することを止めてもいいのでしょうか。過去のアメリカでの裁判の判例から、こういう場合は医師・患者関係を終了して構わないことになっております。

最後に小話を一つ。

A lady is at a job interview for a receptionist position.
“I see you used to be employed by a psychologist. Why did you leave?”
“Well, I just couldn’t win. If I was late to work, I was hostile. If I was early, I was anxious. And if I was on time, I was obsessional.”

ジャナメフ【2017年02月07日】


著者プロフィール
小林 恵一(こばやし・けいいち)
1980東京大学文学部西洋史学科卒業、1988年神戸大学医学部卒業。1990年~1993年南カリフォルニア大学ハンティントン記念病院内科レジデント、ハワイ大学内科レジデント。東京八王子東京天使病院内科部長、御代田中央記念病院副院長を経て、1997年米国ハワイ州ホノルルにて開業。2014年より財団評議員。