JANAMEFメルマガ(No.49)
臨床研究者として米国で生きる
大沼 哲
Tetsu Ohnuma, MD, MPH, PhD
Assistant Professor
Critical Care and Perioperative Population Health Research (CAPER) Unit
Division of Critical Care Medicine, Department of Anesthesiology
Duke University School of Medicine
Email: tetsu.ohnuma@duke.edu
Address: 134 Research Drive, Durham, NC, 27710
はじめに
私は集中治療医として自治医科大学附属さいたま医療センターで勤務しており、2016年に渡米し、University of North Carolina (UNC) at Chapel HillにてMaster of Public Health (MPH) を取得しました。専攻は2年プログラムのEpidemiologyでした。UNC時代に今の上司と出会い、現在はAssistant ProfessorとしてDuke大学の麻酔科で臨床研究を行っています。
日本ではいくつかの後ろ向き研究を行い、さらにDPCデータを用いた研究を行っていましたが、自己学習での研究解析に限界を感じ、米国のMPHのプログラムでEpidemiologyやBiostatisticsを学びたいと思い、留学に至りました。留学当初は2年で日本に帰国する予定でしたが、現在所属しているDuke大学の麻酔科・集中治療科の上司が米国のデータベース研究を行っており、研究チームを一緒に立ち上げるために、UNC大学院を卒業後にDuke大学に移動しました。
Duke大学ではCAPERというリサーチユニットに所属し、Premier Healthcare DatabaseというDPCに近いデータを主に使用して、Sepsis、鎮痛薬、Traumatic Brain Injury、栄養、産科麻酔など幅広い研究に携わっています。私は抗菌薬とSepsisについての研究を主に行っていますが、麻酔科の他のチームや他科との共同研究も並行して行っています。日々の業務は、プロジェクトの管理、データ解析、研究計画書のチェック、原稿のチェック、グラント申請書の作成、Clinical Fellowの研究サポートなどです。
米国で研究者として生き残るには
2年間のMPHプログラム後に帰国する予定であったため、アメリカで研究者として長期間にわたり滞在するとは夢にも思っていませんでした。その意味で、9年間もアメリカで研究を続けていられるというのは非常に運が良かったです。一般的に、米国で研究者としてアカデミアに残るには、多くは大学院卒業後(博士取得後)にポスドクとして研究室に所属し、論文を書き、グラントを取得、Junior facultyに昇進することを目指します。博士取得後にグラントをすぐに獲得し、Principal Investigator として自分の研究室を持つケースもありますが、通常はポスドクと呼ばれる非常勤の職業に約3~5年間は就くことになります。その間に、業績を貯め、グラントを獲得し、正規のポジションを獲得することを目指します。それが難しいと、ポスドクのまま研究者生活が続くため、経済的にはかなり厳しくなります。私のケースでは、MPH取得後にポスドクに約3年間従事し、その後Assistant Professorに昇進することができました。しかし、私は研究資金を獲得し研究に集中するリサーチトラックと呼ばれるポジションであり、終身雇用ではないため、研究資金が獲得できなくなるとすぐに首になる可能性があります。
大学に教授として残るには、Tenureという終身雇用の資格審査があります。 大学やデパートメントによって審査基準が異なるので、大学にいる方は確認してみることをお勧めします。米国では基準を満たせば何人でも教授になることができます。グラントが取れている限り、ポスドクを雇い、研究資材を購入し、研究を継続することができます。ただし、競争は厳しく、研究論文の発表を継続的に行い、グラントや協賛金を持続させることは大変です。グラントがなくなれば予算がなくなり、最悪のケースでは研究室は閉鎖されてしまうこともあります。
臨床の知識とデータ解析の知識
私のケースでは、臨床の知識とデータ解析の両方の知識を持っていることが重宝され、それがアメリカで生き残れている理由ではないかと思っています。少なくとも私の周りでは、医師として臨床はできても疫学や生物統計学に詳しい人がいなく、逆に生物統計を専門にしている方は臨床の知識に乏しいのが現状です。臨床研究の解析は基本的に生物統計家が行うことが一般的なアメリカにおいて、医師と生物統計家の間で相違が生じやすく、特に解析が複雑な観察研究を進めていくことは難しい印象があります。しかし、私は医師と生物統計家の考えを橋渡しする役割を担うことができ、自分でも解析を行っており、そこが強みだと思います。
研究チーム
米国では、大学や部門が、研究のための時間や場所、設備を個々人のために提供・確保してくれるというのが大きいと思います。Dukeの麻酔科では生物統計家が3人雇われており、臨床研究に協力してくれるリサーチナース、グラントの事務処理をサポートしてくれる人たちなど、研究環境を補助してくれる人たちがいます。また研究資材についても、多くの統計解析ソフトが無料で使用することができ、その他のソフト(例えばエンドノート)も無料で提供してくれます。図書館の機能も充実しており、多くのJournalの文献が無料でダウンロードできます。
研究もチームで行うことが基本なので、様々な人の意見を聞きながら研究を進めることができます。日本では、研究計画の作成から解析まで自分一人で研究を行わなければならないケースが多いかもしれません。チームで研究を行うことは、一人で行うよりメリットが多いのではないかなと個人的には思います。また、Duke大学では医学生やVisiting scholarがよく来ており、論文作成などに積極的に参加してくれています。
留学するメリット
一度海外留学を目指し準備をはじめたのにも関わらず、途中で諦める、もしくは行かずに諦めるという選択肢はもったいないと思います。ではなぜ海外で学び、研究することが良いとされるのでしょうか。理由の一つに、研究に集中できる環境があるからだと思います。臨床の空いた時間に研究を自己研鑽で行うということを長期的に継続することは難しい印象です。その点、アメリカでは研究資金を自分の給料に充てることができるため、研究時間の確保ができます。また、日本で統計解析の方法を学ぶことができる施設はだいぶ増えてきたかもしれませんが、研究者の人数とその質を考えると米国との研究の差は大きいように感じます。自分の専門分野において最先端を行く研究者と同じ環境で日常的に仕事をすることは圧倒的に有利に働くと思います。世界の基準に照らし合わせた研究を日常的に体感できる環境は大きなメリットであると考えます。その意味でも、一度は海外の研究生活を体験してみるのはいかがでしょうか。
研究を継続していくには
特に大切なのは、自分が研究を心底好きかどうかだと思います。未知の研究テーマに取り組み、困難を乗り越えて問題を解決し、得られた研究成果を論文化し、共同研究をするのが好きな方は研究者向きかもしれません。また、自分の研究テーマが明確であることも重要だと思います。最初は人に言われて研究をスタートすることがあるかもしれません。しかし、研究の経験を通して自分の研究テーマを見つけることができれば、研究者に一歩近づけると思います。
CreativityやOriginalityを学び身に着けるには時間がかかりますが、きちんと取り組めば力が向上していくと思います。失敗しても、あきらめずに一歩一歩進んでいくことが大事です。そのことが最終的に研究者として独り立ちできる近道かもしれません。
最後に
海外留学のいい面にフォーカスして書いてきましたが、私も海外留学された多くの方と同じだと思いますが、たくさん失敗をして、様々な困難に遭遇しました。また、経済面でも長期にアメリカにいることは大変です。しかし、その大変さを差し引いても、海外留学に挑戦する価値は十分にあると思います。
執筆:大沼 哲
Tetsu Ohnuma, MD, MPH, PhD
Assistant Professor
Critical Care and Perioperative Population Health Research (CAPER) Unit
Division of Critical Care Medicine, Department of Anesthesiology
Duke University School of Medicine
Email: tetsu.ohnuma@duke.edu
Address: 134 Research Drive, Durham, NC, 27710