JANAMEFメルマガ(No.43)
アイオワ大学麻酔科からの近況報告
花田 諭史
Clinical Associate Professor
Division of Cardiothoracic Anesthesia
Department of Anesthesia
University of Iowa Carver College of Medicine
2006年度の日米医学医療交流財団の奨学生、花田諭史です。2006年にニューヨークのMaimonides Medical Centerにて麻酔科レジデントを、そして2010年度にアイオワ大学麻酔科にて心臓胸部麻酔フェローを行い、現在、アイオワ大学麻酔科にてスタッフ(指導医)として勤務しております。近況をご報告させていただきます。
アイオワ州はイリノイ州の隣の週で、イリノイ州のシカゴからアイオワ大学のあるアイオワ市へは車で約4時間程度の距離です。アイオワ市は緑豊かで治安も良いため、日本人も数多く住んでいます。アイオワ大学は州の基幹病院です。中央手術室、日帰り手術部、隣接する小児病院など、手術以外での麻酔管理を含めると、おおよそ70室で同時に麻酔管理を行い、年間4万例弱の麻酔科管理症例があります。また、今後、新病院の建設により、さらに手術室数が増える予定です。症例は多岐にわたり、移植医療(心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓など)をはじめ、考えられる外科症例はほぼすべて行われております。現在、麻酔科スタッフは約70名、麻酔看護師および麻酔看護師学生が約100名、麻酔科レジデントは一学年15人の計60名在籍しています。スタッフの臨床勤務は通常、研修医、麻酔看護師および麻酔看護師学生を指導する形で行っております。
現在、日本人麻酔科スタッフが私以外にも1名在籍しており、また、今後追加で3名の日本人麻酔科医の採用が決まっているため、2025年度には日本人麻酔科医が5名在籍する予定です。私以外の日本人麻酔科の先生方は、アメリカでレジデンシーを経験せずに、その多くはUSMLEの試験も受験していない方々です。アイオワ大学には麻酔科以外の科にも、外科系、内科系を問わず、多くの日本人臨床医が在籍しており、その数は総勢で30名程度ではないかと思います。そのため、小さいながらも日本人コミュニティがあり、日本人にとって、とても働きやすい環境ではないかと思っております。また、アイオワ市には、日本人子女のために、小さいながらも日本政府公認の日本人学校が存在します。
アイオワ大学でスタッフとして採用される際には、臨床を重視する clinical track か、研究を重視する tenure track を選択します。現在の麻酔科スタッフのほとんどは clinical track です。Clinical track であれば、研究や論文執筆などを行わずとも、臨床業務を真面目に行ってさえいれば職を失うことはありません。しかし、将来は研究費を取得してラボを持ち、研究を重視したい方は、tenure track を選択することも可能です。Tenure track では研究業績が重視され、grant に応募し、研究費を自分で集める必要があります。研究費を集めることができなければ、職を失ってしまいますが、麻酔科においては、tenure track から clinical track に変更することで、アイオワ大学に引き続き在籍することができます。
現在、全米で麻酔科医が不足しており、麻酔科医は非常に売り手市場となっております。そのため麻酔科医の給与も高騰しております。日本と違い、麻酔科医によるプライベートグループが数多く存在し、プライベートグループで働く方が、大学で働くよりも待遇が良いため、多くの麻酔科レジデントはレジデンシープログラムの卒業後はプライベートグループに就職していきます。卒業後に大学に残るレジデントは少数派であるのが現状です。そのため、全米の多くの大学病院で、深刻な麻酔科医不足の状態が続いております。そのような背景を受け、アイオワ大学麻酔科では現在、アメリカでの臨床トレーニングを受けた経験がなく、また USMLE の試験も受けていない麻酔科医をアメリカ国外から採用している状態で、麻酔科スタッフの半数近くが、外国籍の麻酔科医となっております。
先に述べましたように麻酔科は好待遇で売り手市場が続いているため、アメリカの医学生にとっても、麻酔科は人気のプログラムとなっております。人気の科のプログラムに入るためには、USMLE で良い点数を取ること、かつ医学生時代の研究活動などが重要視されます。そのため、意識の高い医学生は、低学年時から志望する科のメンターを見つけ、研究活動を行います。先に述べたように、アイオワ大学麻酔科の多くのスタッフは clinical track であり、研究活動や学会活動を積極的に行っていない先生方が多いのが現状であるため、私のようにそれらを積極的に行っている麻酔科スタッフは少数派です。そのため、常時多くの医学生が私の行っている臨床研究を手伝わせてほしいと打診してきます。私はこれまでに20人以上の医学生に私の研究プロジェクトを手伝ってもらってきました。ここには、学会発表して、または論文の共著者になり、そして私からの推薦状をもらって、麻酔科レジデンシーにマッチしたいという医学生と、日ごろの長時間の臨床業務で研究に時間を十分には割けないが、研究業績を少しでも上げたいという私との間での、win-win な関係が構築されます。アメリカにおいても医学部に入るのは難関で、また学生たちは4年制の学部をすでに卒業しているため、医学生は皆、優秀です。しかし、学生たちには臨床経験がなく、臨床に基づく知識や考え方が存在しません。そのため私は、その点を少し補ってあげる役目をするだけで、多くの場合、学生たちは、私が指示した研究プロジェクトのタスクをきっちりと、真面目に仕上げてくれます。医学生にはそのような研究をできる時間がしっかりと確保されており、数か月のまとまった研究期間をとることも可能となっています。一方で、日々一緒に手術室で働く麻酔科レジデントと一緒に研究プロジェクトを行うのは至難です。第一に、レジデントは常に多忙であるため、日ごろの臨床業務で研究する時間を確保することが困難です。今でこそ週80時間ルールが適用されているとはいえ、レジデントの労働環境は決して楽ではありません。第二に、先に述べたように多くのレジデントは、卒業後はプライベートプラクティスに進みます。プライベートプラクティスに進むのに研究の業績は必要なく、彼らには研究をしようというモチベーションが高まりにくい現状もあります。
私は日本の医学部を卒業後、アメリカへの臨床留学を夢見て多くの時間を英語や USMLE の勉強時間に割いており、研究に割く時間や余裕を持てませんでした。また、晴れてアメリカに渡れたものの、ニューヨークでのレジデント、またアイオワ大学でのフェローとしての研修中にも、研究することを考える時間も余裕もありませんでした。しかしその後、アイオワ大学麻酔科にスタッフとして残り、それから十数年の年月が経つ中で、忙しい日々の臨床の合間に、小さいながらも自身の臨床研究プロジェクトを多く立ち上げてきました。そしてその研究結果を学会発表し、そしてそれらが論文となっていくことに喜びを感じております。そして、少しずつではありますが、このような業績が積み重なり、2025年度からのアイオワ大学の clinical track での教授へ昇進を申請できるまでに至りました。今後も今まで以上に臨床と研究、及び後輩への指導・教育に力を入れ、また、アメリカ留学を希望する熱意ある日本人医師のために少しでも力になれるよう、微力ではございますが尽力する所存です。
とりとめのない現状報告となりましたが、最後に日米医学医療交流財団の今後の益々のご発展をお祈り申し上げまして、私からのご報告とさせていただきます。
執筆:花田 諭史
Clinical Associate Professor
Division of Cardiothoracic Anesthesia
Department of Anesthesia
University of Iowa Carver College of Medicine