JANAMEFメルマガ(No.51)

沖縄科学技術大学院大学(OIST)への研究留学

筑波大学附属病院 初期臨床研修医
紺野 雄大


現在、筑波大学附属病院で初期臨床研修の2年目をしている紺野雄大と申します。来年度からは沖縄科学技術大学院大学(Okinawa Institute of Science and Technology, OIST)の博士課程に進学する予定です。今回、本メールマガジンを執筆する機会を頂きましたので、私が医学部在学中に1年間の休学の上OISTに国内留学した時の研究経験について、ご紹介させていただきます。休学して臨んだOISTでの研究経験は衝撃的なものであり、私の医師としてのキャリアが百八十度変わったといっても過言ではありません。OISTという特異な研究環境、OISTとの出会いと休学の決断、OISTでの研究インターンの内容、私の進路選択、の大きく4つに分けてご説明いたします。

 

OISTという特異な研究環境:国際性、学際性

OISTは、一般的な日本の大学とは一味も二味も異なる研究機関です。2019年には質の高い論文の割合が多い研究機関(Nature Index, Springer (2019))として東京大学を超え世界9位にランクインしたことでも話題となりました。最大の特徴は、学生の約8割が海外出身であり公用語が英語であるという国際性、および従来の学部や専攻といった垣根を取り払った、分野融合的な学際的な研究が行われている点にあります。前者については単なる国際性ではなく、アジア・アフリカ・欧州・北米・南米など世界の40カ国以上からの人々が集まるという、多様性のある環境が特徴的です。後者については、生物学、化学、物理学、数学、神経科学など、様々な分野の研究者が密接に交流し、従来の専門分野の枠を超えた革新的な研究が日常的に行われています。国内で、異なる学問的・文化的背景をもつ研究者たちと交流できる環境は、唯一と言っても過言ではありません。

 

OISTとの出会いと休学の決断

医学部在学中、2年生の頃からミトコンドリアと肝がんについての研究に従事していました。当初は臨床医としてのキャリアを描いていた私ですが、基礎研究に触れる中で、生命現象の根本的な理解に対する興味が徐々に深まり、異なる研究分野や環境も経験してみたいという思いが次第に強くなっていきました。大学卒業後はすぐに博士課程に進みたいとも考え始めていた頃、所属研究室の先生から沖縄科学技術大学院大学(Okinawa Institute of Science and Technology, OIST)について教えていただき、学部5年時にインターンシップへの応募を決意しました。なんとか選考を突破することができ、学部6年時にインターンシップに行けることになりましたが、医学部特有の過密なカリキュラムの中で、インターンシップの時期を調整することは予想以上に困難を極めました。特に高学年での臨床実習の合間を縫ってのインターンシップ参加は、実質的に不可能でした。当初は6年時の実習終了後に、授業や卒試の合間を見つけて沖縄との往来を考えていましたが、その時期はちょうど新型コロナウイルスの感染拡大期と重なってしまい、移動自体に大きな制約がかかる状況となりました。インターンシップを諦めるべきか深く悩んでいた時、思い切って母親に相談したところ、「休学して行ってきたら良いんじゃない」という予想外の提案を受けました。医学部で休学してまで研究インターンに行くことは一般的ではありませんでしたが、研究室の指導教官や医学部の先生方からも、「親御さんが応援してくれるなら、行かない手はない」と後押しをいただき、最終的に6年の実習終了後の7月から1年間、休学してOISTインターンシップに参加することにしました。

 

OISTでの研究インターン内容:マウスを用いた神経科学研究

インターンシップ中は2つの研究室に所属し、主に細胞やマウスを用いるウェット実験と、コンピュータを駆使して解析を行うドライ実験の二つを行いました。特に前者が占める割合が多く、マウスを用いた記憶・学習に関する生化学実験および行動実験を中心に行いました。私が携わったプロジェクトでは、特に海馬における神経細胞新生がマウスの行動に与える影響に着目しました。このテーマは、うつ病や不安障害、PTSDなどの精神疾患の病態にも関連する重要な研究課題とされており、具体的には、環境エンリッチメントという実験系を用いて、神経細胞新生について定量的な評価を行い、それが恐怖行動や物体の識別などの認知的行動に与える影響を評価しました。有り難いことに、この研究結果について国際学会でのポスター発表の機会までいただき、研究成果を世界中の研究者の前で発表するという貴重な経験をすることができました。

研究活動以外にも充実したプログラムに参加する機会が数多くありました。神経科学の基礎から最新の研究動向までを扱う講義や、実験データの統計解析手法に関する実践的なワークショップに参加し、研究者として必要な基礎知識とスキルを培うことができました。また、研究倫理や実験動物の取り扱いに関する体系的なトレーニング、英語での研究プレゼンテーションスキルを磨くためのコミュニケーション講座なども提供され、包括的な教育を受けることができました。私が所属した研究室には、台湾、アメリカ、ブラジル、ドイツといった国々から研究者が集まっており、日常的な実験ディスカッションも全て英語で行われました。当初は専門用語を交えた討論についていくのに苦心し胃潰瘍を発症するほどのストレスを受けておりましたが、日々英語にどっぷり浸かる経験を経て、流暢とはいかないまでも英語での日常会話や研究の簡単な議論ができるくらいまで英語力も伸びました。また、OISTには定期的に世界的な研究者が訪れ、それぞれの研究内容に関するセミナーが開催されます。ノーベル賞受賞者の講演を直接聴講できる機会もあり、第一線で活躍する研究者の考え方や研究哲学にも触れることができました。こうした経験は、研究者としての視野を大きく広げてくれました。

OISTで研究のみに専念した1年間で、研究を形にすることの難しさを痛感する場面が幾度もありました。実験がうまくいかない日々や、データの解釈に悩む時期もありましたが、そうした試行錯誤の過程で、未知の現象を解明していく醍醐味も実感することができたことは、自分の研究者人生において貴重な経験だったと感じています。

 

私の進路選択:初期研修後に直接博士課程へ

初期研修修了後の進路選択については頭から煙が出るほどに悩みました。専攻医プログラムと、博士課程のどちらに進むのかという問題です。先輩の医師や研究者の方々に相談したところ、「基礎研究するにしても、臨床をやってからの方が研究の種が見つかるよ」「経済的なことも考えると専門医はとっておいた方がいい」といった、専攻医プログラムへの進むことを勧める声が大多数でした。実際、経済面、医師としてのキャリアを考えた場合には、臨床の道に進むことが無難な道であるかと、今でも思います。

最終的な決断に大きく影響したのは、精神科での臨床実習や初期臨床研修の経験です。神経科学、そして精神医学にとりわけ興味がある私は、精神疾患の病態およびその治療法が未だに解明されていない現状を目の当たりにしました。よく遭遇する統合失調症やうつ病といった疾患の発症メカニズムがまだ解明されていないこと、日常的に使われている向精神薬の作用機序が未だ明らかになっていないこと。これらは、私にとっては非常に衝撃的でした。さらに、博士課程進学への決め手となったのは、前述のOISTでの研究経験でした。医学部のカリキュラムや部活動から離れ、1年間研究だけに没頭した時間を通して、前述の通り1つの研究を形にすることの難しさ、それと同時に楽しさを実感することができました。こういった経験から、人の心の成り立ちについて解き明かし、未だに解明されていない精神疾患の発症メカニズムを明らかにし最終的には新規の治療薬を開発したいと思うようになりました。専攻医プログラムに進むという医師としての一般的なキャリアパスとは程遠い選択ではありますが、「少しでも早く研究に没頭したい」という自らの直感に従った結果、博士課程への進学を決断しました。将来自分の選択を振り返った時に、自分が選んだ道は正解だったと言えるように、研究者として一歩ずつ歩んでいきたいと考えています。

 

おわりに

今回は私の留学体験について記させていただきました。OISTという環境に飛び込むことができたのは、背中を押してくれた家族、大学の先生方の支えがあったからです。国際的・学際的な環境での研究経験は、研究スキルの習得にとどまらず、異なる文化的・学問的背景を持つ人々との交流を通じて、私の価値観形成に大きな影響を与えました。OISTには、3〜6ヶ月のリサーチインターンから、5年間の博士課程プログラム、技術員、ポスドク、研究スタッフ、PIまで、様々なポジションが用意されています。もしOISTでの研究活動に興味がある方がいらしましたら、ぜひご連絡を頂けましたら可能な限りお力添えさせていただければと思います。本稿が、基礎研究に興味のある医学生の皆さんやOISTや研究留学に興味のある先生方の一助となることを祈っております。

 


執筆:
筑波大学附属病院 初期臨床研修医
紺野 雄大