JANAMEFメルマガ(No.46)
ウェイクフォレスト大学 総合内科 / ホスピタリスト部門訪問
柳 秀高
東海大学医学部内科
東海大学での日本版ホスピタリストの確立に向けて米国ノースカロライナ州ウェイクフォレスト大学を視察した。ウェイクフォレスト大学と東海大学医学部は四半世紀以上前から医学生の交換留学やファカルティ・デベロップメントを通じて交流がある。感染症科教授のDr. Ohlは内科や感染症の深い知識、洞察力、善良な人柄、に加えて、日本語を操り、日本文化に対する理解があり、日本の医師や学生にも慕われている。私がUSMLE/ECFMG certificateを取得し、2008年にウェイクフォレスト大学感染症科のクリニカルフェローシッププログラムで学ばせて頂いたときにも大変お世話になった。今回も奥様のDr.Luther (ともに感染症科教授)と食事会に招いて頂き、感染症、総合内科、診断エラーの話などについて議論できた。
今回ウェイクフォレスト大学総合内科/ホスピタリスト部門を視察するため、16年ぶりに東海岸南部ののんびりした街ウィンストン・セーラムを訪れ、そのころ小さかった子どもたちが通っていた幼稚園や小学校も見に行き、懐かしさを噛み締めつつ視察に向かった。
ホスピタリスト部門では60人ほどで100床程度を担当していた。この60人の内訳は40人の医師と20名程度のAPP: advanced practice providerである。APPは日本の診療看護師に近いと思われる。私も2008年当時感染症フェロー(後期研修医)であったころに、APPと一緒にHIV外来をやっていたが、HIVに関する知識は我々フェローと同等であった。HIV患者の定期外来やUrgent Care Clinic(急性の問題を起こしたときの外来)は問題なくこなしていた。3分の1程度のマンパワーがAPPによってカバーされているのは大変重要なポイントである。APP/診療看護師は日本の医療にとっても重要であるが、育成はこれからの課題である。
ホスピタリストチームは教育的チームと一般チーム(指導医+APP)に別れ、教育的チームは指導医1名、APP1名にレジデント2名、医学部生2名がついている。この陣容のチームで、16人の患者の診療に当たる。外来も行うGIM部門は教育的ホスピタリストチームとほぼ同じような内容で、一般のホスピタリストチームに比較すると、教育をしっかり行いつつ、重症ケースや興味深いケースが割り当てられる傾向があるそうだ。専門医に相談することが必要なケースはコンサルテーションを行い、重症例は内科集中治療医に相談してMICUへ搬送し主治医を交代することもある。毎朝のモーニングレポートでは前日の当直帯での入院ケースのプレゼンテーションとディスカッションに続いて、MKSAPを毎日数問解いている。東海大学総合内科では、指導医2、後期研修医1、研修医3、医学生3という陣容で20人程度を担当しており、日本の大学では外勤にいかないと生計が立たないことを考えるとほぼ同じようなマンパワーである。またMKSAPは当科でも週に2回程度数問ずつ解くようにしている。
東海大学医学部ではホスピタリスト制度の確立を医学部の公式な目標の1つとして定めており、我々総合内科が2001年からやってきたことをさらに発展させる必要があると考えている。日本の医療は臓器別専門医を中心に組み立てられており、このやり方で、優秀な成績を上げているので、変える必要がないという意見もあるかもしれない。実際諸外国との比較において、日本の医療は総合的に優れている。Healthcare Access and Quality Indexで世界12位と報告されている(1)。日本のスコアが50点を下回ったのは非メラノーマ性皮膚がんのみであった。また、人口あたりの医療費のGDP比は世界で19位、人口1000人あたりの医師数は2.6と37位であり、OECD平均の3.7を大きく下回るというリソースでありながら、平均余命の長さは世界1位、治療可能疾患の死亡の低さは世界2位、COVID-19による死亡の低さは世界4位、などの数字を達成していることから非常に優秀であると言える (2)。
一方で、日本は高齢化、慢性疾患の増加に伴って、もっと総合診療医を増やさないといけない、という議論が以前よりなされている。総合診療医はOECD諸国平均で全医師の23%とされており、ここには家庭医療医と病院総合医が含まれている。病院総合医に限ると米国の全医師数110万に対し、ホスピタリストは5.7万で、13%である。日本では全医師数35万に対し、ホスピタリストの人数は正確な数字がない。病院総合診療学会員が2000人であり米国のSociety of Hospital Medicineの会員数が18000人であることから学会員の人数と実際従事している医師の数が日米で同じと仮定すれば、日本のホスピタリストは6000人、全医師の1.7%(筆者試算)であり、1ケタ少ない。日本の総合診療にさける人的リソースは諸外国と比較すると非常に乏しいと言える。
専門医を中心とする医療で、少ないリソースにも関わらず優秀な成績を上げてきたので今のままでいいのではないか、というのは楽観的過ぎて、現場では統計に現れない部分でのひずみは大きいと我々は感じている。当院の医療現場では自分は臓器Aの専門だから、臓器Aしかみない、という専門医が非常に多く、多臓器に病変があり、診断がついていないケースを苦手とする若手専門家医師は多い。もちろん、市中病院で内科全般の研修をしっかり行ってきた人や特別優秀な専門医の先生は内科全般ができる人もいるが少数派である。当院では2年間の初期研修が終了した後の内科のトレーニング自体、すぐに臓器別専門科に入局し、その臓器を中心に後期研修を組み立てるようになっている。そのため、患者をGeneral Internistとして、専門臓器からの立場でなく、フラットな内科全般の立場で診るという経験が不足する。これによる弊害は日常診療でしばしば経験されるところである(後述)。客観的なエビデンスとしては、日本国内の教育病院に病院総合医(ホスピタリスト)を導入することで、入院期間が有意に短縮されたという報告もある(3)。
専門分化した大病院では、専門外の内容をアップデートすることを困難と感じる専門医が多いように思われる。専門である一つの臓器、システムを扱うことに集中するあまり、それ以外の分野に時間や労力や注意を割けないのは人間として極めて自然である。一般病棟管理が臓器別専門医には十分な形では出来ていないことがあり、一般診療レベルが最善でないことの例は枚挙に暇がない。しばしば院内急変の原因となる敗血症ではバイタルサインや意識レベル、検査異常などの変化に急変前に気づいて血液培養を取って治療を開始することが重要であるが、現場では血液培養をとるタイミングが不適切であることは多い(血液培養を”2セット”取るというのは保険診療で認められてからはかなりきちんと出来ているが)。
長期入院中に急にせん妄になった患者に対し、認知症が増悪した、として血液培養を取らずに抗精神病薬のみ投与していて翌日には敗血症性ショック、多臓器不全となり、ICUで我々が担当することになったケースは何例もある。
また長期ステロイド使用中の担癌患者が脳梗塞のために入院した際に、発熱、意識レベル低下の原因が誤嚥性肺炎であるとして抗菌薬を何種類も試したが無効であり、総合内科をまわったばかりの研修医が血液培養をとったところ、クリプトコッカスが分離されたことがある。発熱、意識障害の原因は脳梗塞と誤嚥では無くクリプトコッカス髄膜炎だったのである。
私の院内急変対策チームの担当日に、今、悪寒戦慄している人がいるのですが、これから高熱になると思うので、高熱になったら血液培養とれば良いですね?という質問を受けたことがある。答えは、“いえ、悪寒戦慄している今すぐに取って下さい”であった。悪寒戦慄しているときこそ一番血液培養が陽性になりやすいからである。また、意識障害を伴うような重症低Naで補正を開始したのはいいが、次の採血が明朝、12時間以上後だったこともある。これも主治医に電話して、より頻回のチェックをお願いした。細かいことのようで、実は患者の予後に重大な影響を与え得る一般病棟診療であるが必ずしも最善とはいえないプラクティスが散見される。
外来診療のみならず、病院診療においても全身を診る総合医と個々の臓器に集中する臓器別専門医が共同で診療にあたったほうがそれぞれの診療の質も向上するし、予後もよくなることが想定される。ただし、日本では上述の通り、リソース不足で、病院総合医を準備出来ない医療機関が特に大病院で多いと思われる。というのも、中小病院ではもともと一般内科/病院総合医が内科の主役の一翼を担っているので、様々な臓器の問題に対処していることが多いからである。一方、大病院ではすでに診断がついていて、中小病院では手に負えない場合に搬送、紹介されるというケースが多い。そうなるとメインの問題を起こしている臓器の専門家が主治医となることが通例で、主治医の先生の得意な分野以外で問題が生じると対応が遅れがちになりうる。そういう意味では大病院においても、病院総合医が活躍する機会は特に複雑、重症なケースで、豊富であると思われる。
従来、重症化、多臓器障害などの問題が内科でおきたとしても、ICUを管理している麻酔科や救急科に全身管理を依頼することが多かったと思われる。しかし、全身をみるのが得意な内科系医師が重症疾患をもう少し努力して見るようにしたほうが、特に内科的に診断が難しいケースなどでは良いであろう。内科医は診断が得意な傾向にあるからだ。今回のCOVID-19パンデミックでも救急の先生がたが重症疾患をみる際のフットワークの軽さには驚嘆したものだが、内科医も内科疾患が重症化したら救急科や麻酔科に依頼するだけでなく、自分でも重症患者をみる努力をすべきであろう。昔、東大数学科の高木貞治教授が微分学の定理であるのに積分学を用いて証明されていた定理に対して、微分学の範囲内での証明を工夫し、それを記載した論文を次の言葉で結ばれたという。「昔からいうではありませんが。微分のことは微分でせよと(自分のことは自分でせよ)」(4)。
内科疾患で重症化してもまずは内科でマネジメントするべく、米国のPulmonary and Critical Care Medicineのような集中治療内科を総合内科や感染症科などの全身をみることが得意な科がやるようにしたらどうかと考え、当院ではそれを実行している(ECMOやDifficult Airway Managementなどは救急科にコンサルトしている)。米国では総合内科研修を3年間やり、この間は専門に偏らずに内科医としての土台を作り、足腰を鍛えることに専念する。その後始めて臓器別専門医の研修を開始することが出来る。そして重症患者を内科ICUでみるのが専門である呼吸器集中治療医がいて、病棟には総合内科/ホスピタリストがいる。米国内科学会ACPはWhat is an Internal Medicine Physician? の答えとして、Internal Medicine Physicians are experts in complexity.と記載している(5)。複雑なケースの専門医が内科医である、と言っているのである。このような総合医+専門医のdual systemを維持するには豊富なリソースが必要であり、日本では病院総合診療部門(特に複雑、重症例)にリソースをもう少し振り分けたほうが良いと考える。
日本は専門医中心の医療を充実させることによって、優秀な健康関連指標を達成していることは上述した(公衆衛生の充実や国民に肥満が少ないことなども関連していると思われるが)。しかしながら、全身をみる内科、小児科、家庭医、総合診療医、病院総合医、総合内科医をリソースが許す限り充実させることによって、もっと優れた結果を出せると私は確信している。そのためには医師のトレーニングシステム(全身をみる土台を作ってから専門領域に進む)、と診療システム(総合医と専門医が協力しあう)が優れている米国をお手本にすることは理にかなっている。たとえ米国の健康関連指標が日本ほど優れていなくても、である。病院総合医や家庭医などの専門医を増やすことと共に、総合内科を2-3年間はやってからでないと臓器別専門研修に進めないというシステムの構築も同時進行で進めるべきであろう。つまり、臓器別専門医候補生も全身のことがわかり、自分の問題として捉えられるようになってから専門研修に進むようにするのである。日本のリソースが乏しいことを考慮すれば、ジェネラリスト側も何らかの得意分野/専門分野を持つことが望ましいとも考える。さらに、APP/診療看護師も増員して、リソース不足を緩和、解決していくことも重要である。
Wake Forest大学の豊富なリソース、充実したシステムを見学しながら考えたことを述べた。自分の施設で若手医師と重症患者や複雑な患者を一例一例丁寧に診ることを続け、仲間を増やしていき、上述したトレーニングシステム(全身をみる土台を作ってから専門領域に進む)、診療システム(総合医と専門医が協力しあう)の変化も起こしていければ良いと思う。
1) GBD 2016 Healthcare Access and Quality Collaborators. Measuring performance on the Healthcare Access and Quality Index for 195 countries and territories and selected subnational locations: a systematic analysis from the Global Burden of Disease Study 2016. Lancet 2018; 391: 2236–71.
2) OECD Health at a glance 2023. https://www.oecd-ilibrary.org/social-issues-migration-health/health-at-a-glance-2023_7a7afb35-en.Accessed on 2024.10.2.
3) Masaru Kurihara, Kazuhiro Kamata, Yasuharu Tokuda. Impact of the hospitalist system on inpatient mortality and length of hospital stay in a teaching hospital in Japan: a retrospective observational study. BMJ Open 2022;12:e054246.
4) 学士会アーカイブズ
https://www.gakushikai.or.jp/magazine/article/archives/archives_742/
5) ACP About Internal Medicine. https://www.acponline.org/about-acp/about-internal-medicine/what-is-an-internal-medicine-physician-or-internist
執筆:柳 秀高
東海大学医学部内科