JANAMEFメルマガ(No.42)

2度目の渡米で、日米の医療事情について思うこと

津久井 宏行
Director
Department of Cardiothoracic Surgery
Independence Health System Westmoreland Hospital


2度目の渡米となり、2019年10月からアメリカ東部・ペンシルバニア州にあるIndependence Health System Westmoreland Hospitalにて心臓外科医として勤務しています。1回目の留学は、2003年1月から2008年12月までの6年間、ピッツバーグにあるUniversity of Pittsburgh Medical Centerで、Research Fellowの後、Clinical Fellowとしてトレーニングする機会に恵まれました。その際には、日米医学医療交流財団の支援をしていただくことができました。2009年に帰国し、東京女子医科大学、北海道循環器病院にて心臓外科医をしておりましたが、留学時の恩師からお声がけを頂き、2度目の渡米となりました。

現在、冠動脈、弁膜症、大動脈の開心術を担当しています。循環器領域の治療は日進月歩の発展を続けており、開心術のみならず、カテーテル治療や人工心臓を用いた治療も増加しております。そのため、これまでは、高齢や重症度が高いことを理由に外科的手術が見送られていた患者さんにも治療の可能性が広がり、これまで救えなかった患者さんも救える機会が日々増えてきていることを実感しています。2023年からは、ロボットを使用した冠動脈バイパス術や弁膜症手術を導入することで、低侵襲化を図り、患者さんの早期回復を実現できるよう日々、努力しています。

2度目の渡米から5年近く経過しました。日本では今年から、医師の働き方改革が本格導入となりましたが、日米の医療事情を比較し、気がついた点に関していくつかお話したいと思います。

 
外科医が手術に集中できる環境 -タスクシフトと柔軟な労働環境-

アメリカでは、医師以外でもできる仕事は、他の職種を活用するというタスクシフトが確立されています。実際、カルテ記載、処方、検査オーダーなどを自分で入力したことはほとんどありません。必要な業務をPhysician Assistantに伝えると、彼らが業務を執行し、外科医はその承認を行うのみです。外科医が実際に行う業務は、手術、診断、Informed consentであり、いわゆる「書類書き」なども最後のサインのみです。そのほか、administration的業務(会議のセットアップ、その資料作りなど)も他職種が担当します。

日本では、朝、決まった時間に全員が出勤し、退勤時間までは業務の有無にかかわらず、待機するのが一般的ですが、こちらでは手術室の都合により午後から出勤することもありますし、手術がない日には、術後患者の回診を終えると午前中早々に帰宅することもあります。一方で、緊急手術があれば、長時間労働になることもあります。私の契約書では、就業開始・終了時間に関する明確な規定はなく、「週40時間勤務」というのが唯一記載されているのみです。かといって、タイムカードのようなもので、労働時間をモニタリングされているわけでもありません。これでは、サボり放題ではないかという心配が出てきそうですが、「成果主義」が徹底しており、医師の仕事量を算定するwRVU(Work Relative Value Unit)にて、診療実績は評価され、規定の数字を超えればボーナスが支給される一方、下回れば、次の契約が更新されなかったり、減給になりますので、自然と効率よく働くことになります。

医師の働き方改革では、「成果」ではなく、「時間」に焦点が置かれている感が否めません。現実的で持続的な労働環境の構築を考えると、「成果」を基軸にフレキシブルな働き方の導入は避けて通れないと思います。また、これを実現させる一助となるのが後述するDX(Digital Transformation)であると考えています。

 
リスクを受け入れ、新しいことに挑戦する文化

医療、特に外科治療にはリスクが伴います。術前に患者とその家族に対するInformed consentで、リスクに関する説明をすると、一様に「この世に100%安全な医療などない」という理解を示します。これは、医療訴訟大国アメリカでは日本よりリスクに対して厳しい反応を示すのではないかという認識とミスマッチがあるのではないかと思います。しかしながら、個人的な感触では、日本では治療は100%近く成功するものであって、不成功は医療者の責任といった「圧」を感じましたが、こちらではそのように感じることは稀です。こういった背景があるため、新しい医療技術の導入にもリスクを取りながら、果敢に挑戦する文化を感じます。

日米でこのような差が出るのは何か?と思いを巡らせますと、国家や社会の運営における基本路線が、「平時」を前提とした日本と「戦時下」を前提としたアメリカにあるように思います。世の中が平和であることに越したことはないですが、現実的には世界中のどこかで戦争や災害が続いており、「平時」を基準としていては現実社会に対応できないという認識があるため、ある程度のリスクは伴っても前に進まなければならないという覚悟があるように思います。もちろん、それに伴う犠牲もありますが、「戦時下」を前提に、開発され、発展してきた「インターネット」、「手術ロボット」などの技術革新の産物もあり、そういった成功体験がさらなる挑戦を容認する文化を支えているように思います。

 
Digital Transformation(DX)の活用

現在勤務していて最も便利だと思う点は、DXの活用により、病院外からカルテ閲覧、オーダー、処方などができることです。インターネットに繋がる環境であれば、世界中どこにいても病院内にいるのと同じ環境で仕事ができます。特に救急外来から急性大動脈解離のような緊急を要する手術のコンサルトを受けた場合、院外から画像を見て、診断、治療方針の決定ができるため、時間の短縮につながります。また、時として、救急医が手術適応の診断に迷う場合にも、院外から画像を見ることができるため、病院に出向く無駄足が省けます。これらのDXがフレキシブルな労働環境を大きく支えています。

日本では、個人情報保護などの観点から、医療現場でのDX活用に慎重論が多いようですが、医師の働き方改革を進めるためには導入が必須ではないかと考えています。

 
アメリカに進出する日本人医師の増加

アメリカの医療が全て優れているとは思いませんが、医師にとって働きやすい労働環境という点については、アメリカに軍配が上がるかもしれません。私の住むピッツバーグ周辺で診療にあたっている日本人医師の数は、1度目の留学時とは比較にならないくらい増えました。また、以前は、心臓外科や移植外科など、限られた診療科がメインでしたが、現在では、診療科も多岐にわたっています。こういった背景には、日本人医師の勤勉さが評価され、雇用する側も日本人であればという考えが根付いてきたように思います。

心臓外科領域においては、正確に計算したわけではありませんが、すでに50-100人程度の心臓外科医がアメリカでAttending surgeonとして働いていると思います。当院でも、今年中には3人の心臓外科医全てが日本人になる予定です。また、最近、若手の心臓外科医より、アメリカでの職探しの相談を受けることが大変多くなりました。そして、その多くがアメリカへの永住を希望しています。アメリカで挑戦する若者には最大限の支援をしたいと考えていますが、その一方で日本の空洞化が心配です。日本における労働環境整備が急務であると思います。

 


執筆:津久井 宏行
Director
Department of Cardiothoracic Surgery
Independence Health System Westmoreland Hospital