JANAMEFメルマガ(No.4)

ホスピタリストの意義と必要なスキル―米国ホスピタリストディレクターの視点から―

湊 あこ
ソノマバレー病院メディカルディレクター


1.米国のパンデミックにおけるホスピタリストの意義

米国では救命救急医、ホスピタリスト、集中医療医がコロナ禍のフロントライン医師として活躍しています。その中でも入院患者の全身管理、治療を担当するホスピタリスト、集中医療医の存在はCOVID-19(以下コロナ)重症患者には必要不可欠となりました。なぜならコロナは単に呼吸器疾患ではなく全身疾患であるからです。コロナ感染は多様な症状で発症します。例えば消化器症状を主訴に来院する患者、脳梗塞で発症する患者、胸痛でくる患者、失神、めまいでくる患者、精神症状を主訴に来院する患者とコロナ感染の主訴は多様です。そこにはしっかりと全身を診る技量がある救命救急医、ホスピタリスト、集中治療医等のジェネラリストの存在なくしてこのパンデミックを乗り切れません。ホスピタリストはパンデミック以前から病棟総合内科医として米国医療の中で重要な役割を担っていますが、このパンデミックによりその必要意義がより顕著になったとともに、その重要さを再確認するいい機会になりました。

2.ホスピタリストのコロナ禍における役割

米国のホスピタリストはあくまで病棟医、基本的に外来患者は診ず入院患者のみに焦点を当てています。主に救命救急医のコンサルトや他病院からの患者の搬送依頼の入院のトリアージから始まります。そしてその患者を要入院と判断したら彼らの入院、診断、治療、退院までを担います。患者を手当てするのみではなく、入院から退院までをいかに効率的、最短かつ最適な状態でスムーズに運ぶかがキーポイントとなり、そこがホスピタリストの腕の見せどころです。私の病院は小規模なので我々ホスピタリストが一般病棟のみならず集中治療室を含む全ての内科入院患者のケアを担当しています。

3. ホスピタリストに必要なスキル

#オーガナイズ力と効率性
いろいろな側面で大切になるスキルですが、まず大事なのは入院から退院までの流れを即時に効率的に構想できるオーガナイズ力。ホスピタリストは患者の診断、治療はもちろん、退院までの流れを掴み、的確、効率的に入院から退院までの工程を行わなければいけません。アメリカは医療費も高く、またメディケアでは入院時の診断病名により入院期間が限定されます。そのメディケアが設定する入院期間を超えた分はメディケアから支払いがおりません。それなのでだらだらと患者を入院させておくという事は病院では許容されません。限られた入院期間と病院への保険報酬も考えた上で、患者の疾患を把握し、的確なアセスメントをたて、効率よくかつ安全な治療計画を立て、スムーズに退院させる努力を常にしなければいけません。

#チームワークのスキル
医療はチームワークです。患者の治療には医師のほか、看護師、pharmacist, respiratory therapist, physical therapist, occupational therapist, speech therapist, social worker, case manager等、それぞれの専門家が患者の治療に対応します。ホスピタリストはそのチームリーダーです。特にコロナ禍では毎日チームと緊密にコミュニケーションをとり、治療方針を皆で確認し問題点を話し合いながら患者を診ていく。コロナ渦でいえば、強いチーム作りが質の良いコロナ患者の治療へ直接繋がるので、チームリーダーとして信頼できるチームを築き上げていく能力は必須です。また特にコロナ禍においてはチームのストレスレベルも把握し、チームの安全性も必ず視野に入れながら指示を出す事はチームリーダーとして大切です。決して単独で突っ走らない事、スタッフの話を聞く事。リーダーとして決して冷静さを失わず、常に周囲をチェックしながらチームを動かしていく能力が非常に重要になります。

#多様な患者のバックグランドや文化を理解、リスペクトする姿勢とスキル
ここカリフォルニア州には色々な人種が住んでおり、患者の多様性に富むのでそれぞれ患者の考え方も多様です。治療する上でそれぞれのバックグランドやカルチャーを知り、またリスペクトするというのはとても大切な事です。なぜならそれを理解できなければその患者のQOLの向上に医師として貢献できないからです。
患者の教育レベル、宗教、人種により死というものの捉え方が違う事を留意しなければなりません。例えば、メキシコや中米出身の患者は心肺蘇生のコードを確認すると大抵がフルコード表明します。なぜなら彼らはカトリック教徒であるからという事に由来します。カトリック教の教えでは死後、天国に行けるのですが、一つだけ例外があります。それは自殺した場合です。自殺したものは天国にはいけません。それなので殆どの患者やその家族はDN I/DNR、コンフォートケアは選びません。なぜならそれは自ら死を選ぶ、つまり自殺を意味する行為になるのです。患者が年配であればその傾向がますます強くなります。予後が悪く回復が期待できない状況でも家族や民族、教養のレベル、宗教によりどう死を迎えたいと考えるかはそれぞれです。それらを理解しリスペクトしながら患者や家族に対応する姿勢は非常に大切です。

#コミュニケーションスキル
特にコロナ渦では深刻な会話や悪いニュースを知らせる機会が増えています。この際はかなり高度なコミュニケーションスキルと会話テクニックが求められます。
話をする際は反復を避け、曖昧さも避け、患者や家族に的確、正確な情報を与えると同時に同情を寄せる事も忘れてはいけません。また会話の中に少しポーズを置いて相手に気持ちの整理をする時間を与える、など会話のテクニックが重要です。特にコロナ渦では患者と家族の面会が制限されている状況なので患者を物凄く心配している家族との会話は電話でする事になります。それは面と向かって話をするのと違い相手の表情や反応が読めず、高度コミュニケーションスキルを要します。相手が感情的になりやすい状況下で怒りやパニックをぶつけてくる家族も少なくありません。そのリズムに決してのみ込まれる事なく、言葉や声のトーン、テンポ、要旨を慎重に選びながら会話を進めて行くことが重要です。
また、アメリカ人の教育レベルの違いは日本のそれよりもかなり差があるのでそれぞれのスキルに応じて誤解のない様に会話の流れや使う言葉を決めていく事も大切です。また、患者や家族への会話に使う英語、同僚やチームとの会話に使う医学専門英語、病院経営者と会話する時に使うビジネス英語と日本語同様に相手により使う言語も変わってくるので高度なCommunication skillは必須です。

#Common sense and Empathyのスキル
医師は多岐に渡る症例を通じ沢山の患者や家族と接し、学び、また多くの命と向き合いながら長年で自分自身のコモンセンスと医学倫理を構築していくと思います。そして医師はその医学倫理をもとに患者の予後をある程度操作できてしまうという物凄い力を持っています。その能力のパワーを自覚し、慎重に正しく使う事は非常に重要です。
例えば患者が生死をさまよう状態になった時、家族や患者にどうしたらいいか?と聞かれた時、ホスピスやコンフォートケアを勧めるか、またはFull codeで戦い抜くことを勧めるか、もしくはセカンドオピニオン勧めるか、それにより患者や家族が進む人生がガラッと変わってしまう事もあります。我々の選択で彼らの人生が左右されうるのです。それなのでホスピタリストは人格者でなければいけません。
患者は時に自分が勧める方針の真逆を希望することもあるでしょう。
一生懸命時間をかけて誤解がないように慎重、丁寧にコミュニケーション をとっても結局患者や家族が自分の思うところの『最適な治療』を望まない事もあるでしょう。
そういった時でも自分の気持ちだけを押し付ける事なく相手の倫理や生死の捉えかたを重んじフェアな話し合いをしながら治療方針を最適な時期に出せる、そういった技量もホスピタリスト、広義で医師には必要だと思います。

4.終わりに

高齢化社会が世界一急速に進む日本では全身疾患を診ながら患者の心も診られるジェネラリストの育成は必須です。沢山のスキルが要求されるホスピタリスト、それだけやりがいもある分野です。日本版ホスピタリストがますます全国に広まる事を願って止まず、またその育成に少しでも多く貢献できたらこれ以上に嬉しい事はありません。

 


執筆:湊 あこ
ソノマバレー病院メディカルディレクター

 

発行:公益財団法人日米医学医療交流財団【2021年5月1日】