JANAMEFメルマガ(No.26)
日本版ホスピタリスト【短期】助成 研修報告
佐藤絵梨
Adjunct Assistant Professor of SimTiki Simulation Center, John A. Burns School of Medicine
ねりま健育会病院
このたび、パンデミックに翻弄され続けた短期助成研修をやっと終えることができた。2021年の夏にQueens Medical Centerの野木真将先生の元でHospitalist研修を、2022年10月末に同院Palliative care departmentのDr. Fischbergの元で研修を行ったので報告する。
Hospitalist department:
Hospitalist研修で一番印象に残ったことが、臨床医にとって教育が大事な業務の一つであるという意識やそれを可能にする勤務体系である。Hospitalistという制度が米国で根付いたきっかけの一つでもあるが、日本のattendingレベルの病院勤務医師は外来・病棟・手術・内視鏡などの検査・処置・患者および家族との面談など多くの仕事に忙殺され、教育にかける時間が十分とは言えないもどかしい環境にいる。これに対して、Queens Medical Centerでは独立して勤務するHospitalistやそこをローテートするレジデント、医学生を教育し、部門を円滑に運営するための部門統括・教育担当者が数人存在している。野木先生はこのHospitalists departmentの長であるが、自らも入院患者を診療しそれと同時に指導を行う医師であり教育者、また教育者としての研鑽を積む学習者、リサーチに関わる研究者、Hospitalistsとして医療経済面・医療安全面に貢献するという改革者としての側面を持ち合わせている。
この多面性を可能にするのはシフト制(7日間病院勤務し7日間は在宅勤務など)、Nocturnistと呼ばれる夜間帯専門のHospitalistsの存在、生活を保障する給与体系などであろう。病院を離れている間に、医学教育を学んだりと自らのブラッシュアップを行うことができるし、病院内の教育研修やレジデントおよび医学生教育のカリキュラムの見直し・検討を行うなど、現場に関わるものだからこそ持てる視点で教育・研修改革に切り込んでいくことが可能となっている。
教育に重きを置くことが結果的に強固な知識・技術基盤持ったHospitalistsを生み出し、Hospitalistsの専門性を維持し高めていると強く感じた。各専門医部会のメンバーやレジデント・フェローがACGMEのサポートを受け設定したMilestone Project(レジデントが年数に伴って到達すべき基準)に沿った指導やフィードバックが、そこで研修するレジデントの基礎を形成し、ひいてはHospitalistsのレベルを引き上げていることは言うまでもない。教育にフォーカスすることで、患者もそこで働く医療従事者も病院も恩恵を受けるのである。
私は今回シミュレーション医学教育を勉強するために、ハワイ大学医学部のSimTiki Simulation Centerのフェローシッププログラムに参加し、Office of Medical Education fellowshipというハワイ大学医学部が提供する基礎医学教育のコースも受講することができた。多くの受講生がハワイで働くレジデントやフェローであり、多忙な中でも経験が上がるにつれて、医学教育そのものをきちんと学ぶことが必要であるという姿勢をもっていることに感銘を受けた。医師として卒なく働いているとしても、その医師が良い医師であることと、良い教育者であることは必ずしも一致しないのである。
どの医師も現場にいる以上は他の医療従事者への教育の機会が多かれ少なかれあるものであり、私が出会った医学教育を学んでいる医師はみな、“教えることというのは難しく、どのように個々にアプローチしたら学習者のコンピテンシーを高めることができるか”という疑問や葛藤を解消すべく、日々学んでいた。教えるためには“教えることを学ぶ”という風土が非常に重要である。教育者は最初から教育者として存在しているのではなく、また教育のみを行っているものではなく多面性を有する存在であるという認識をみんなが持っているからこそ、教育を学ぶこと・受けることに時間も費用もかけることが許される文化・土壌がアメリカにはあった。
在院日数も短く目まぐるしく入れ替わる患者への医療安全や提供される入院医療の質の確保、費用対効果などの医療経済面への貢献、シフト制やチーム医療に焦点を置くことで可能となる医療従事者自身のメンタルケアなど、Hospitalistsのシステムは多くのことを改善しうる制度といえる。この制度により生み出される診療の継続性の分断などの新たな弊害もあるだろうが、医療安全・医療の質・医療経済・医療従事者の身体的精神的側面への配慮などを最終的なゴールとして考えた場合、不利点はチーム医療におけるコミュニケーションの強化でカバーできるものと考える。日本での定着には多少のアレンジも必要ではあろうが、若い世代で医療従事者としての生活の質への優先度が高まる中、ぜひ広がってほしいと思うものであった。
日本におけるHospitalists制度の実現に必要なことは、機能の集約化と考える。Queens Medical CenterでHospitalists制度が維持できるのは、それはハワイという土地で限られた病院に入院診療が集約化され、外来診療はプライマリケア医が担っているという大前提があるからである。臨床医として何年働いても何年経験を積んでもメンターがいればありがたいし、日々更新される膨大な医療情報をアップデートしていかなければならない。Queens Medical CenterのHospitalistsという制度ではそれが個人の努力によるものではなく、きちんと教育システムを管理し統括する人員が配置されていることによって、全体の底上げおよび診療の質と専門性の維持がはかられていた。入院診療という機能をある程度集約化し、継続可能なシステムを作り上げることが日本でも必要と考える。
Palliative care department:
今回Palliative care departmentで研修するうえで特に注目したのが、コミュニケーションスキルと多職種連携であった。Queens Medical Centerの緩和ケア部門では3人の医師のほかに、独立して患者を担当する数人のAPRN(Advanced Practice Registered Nurse)および緩和ケア部門所属のソーシャルワーカー、Spiritual careを担当するTherapistがいて、その特徴は、palliative careとpain treatmentの両方が統合されていることだそうだ。Dr. Fischbergのお話では、アメリカ本土ではこの二つが別々の部門であることが多いらしく(例え一部門であっても、それぞれを担当するものが別)、これこそがハワイでは全人的な医療を提供できる第一の要素であると感じた。
この3人の医師はどの医師も内科としての研修を終えたうえで緩和ケアの専門性を持ち、geriatricianとしての経験をいかす先生もおられた。3人とも患者の診察には必ず聴診器を持参し、患者を診察しながら話を聞く。その後、こみいった話を聞く場合には必ずベッド再度に椅子を用意し、患者と目線を合わせながらオープンクエスチョンを多く使用していた。疼痛や症状コントロールの際はまず最初に病棟のナースに患者の状態を尋ね、次に病棟のソーシャルワーカーに社会的および家族的背景などを確認し、優先事項を考える。その後、必ず主治医やアテンディングドクターと電話で会話し、治療内容や今後の方針を確認しながら共同で処方内容や方針を変更していた。内科医としてのしっかりとした基礎が、緩和ケア医として診療する際にいかされていることが非常に印象的であった。
コミュニケーションスキルとしては患者やその家族の感情を聞き流すことなく反応し、会話の主導権を相手に与えながらも、上手にガイドするファシリテーションの大切さを再確認した。SPIKESやREMAP、NURSEなどのコミュニケーションフレームワークが日常診療の中でも生かされており、やはりこのようなスキルは悪い知らせに特別なものではなく、医師に限らず全ての医療従事者が身に着けるべくトレーニングが必要と感じた。
次にQueens Medical Centerの緩和ケア部門が全人的医療を提供できる要素として感じたのは、コミュニティとのつながりの強さである。
ハワイにはKokua Mauという団体があり、重い病気を持つ人とその大切な人のケアを改善するための運動を展開している。患者やその家族へAdvance care planningやPOLST、緩和ケアに関する正確な情報の提供を行うのみならず、医療従事者に対する啓蒙活動や指導、また担当するケースの死を経験した医療従事者へのGrief careも兼ねた報告会などが定期的に行われている。Queens Medical center の緩和ケア部門とのつながりも強く、Grief careを兼ねたこの報告会にはQueens Medical Centerの緩和ケア部門の医師やAPRNなどのスタッフが参加し、私も何度かオンラインで参加した。入院を担当したナース・医師やケースマネージャーのみならず、コミュニティ内の在宅ナースやソーシャルワーカー・spiritual care therapistなども参加するため、院内および院外の日常の患者や家族の様子・経過がわかる。改善点を検討するのはもちろんのこと、それぞれの想いを共有することで関わった人たちのGrief careが進んでいく様子を目の当たりにした。
日本ではまだ医療従事者自身へのGrief careの必要性の認識は低く、ほとんど行われていない。しかし、このPandemicが多くの医療従事者のBurnoutを生んだように、私たち医療を提供する側のメンタルヘルスにも今後焦点があてられるべきと考える。
最後に、Hospitalistsがプロフェッショナルであるだけでなく、それを支える他のスペシャリストの医師たち、看護師・ケースマネージャー、ソーシャルワーカー、スピリチュアルケアの専門家がそれぞれのプロフェッショナリズムを持ち、それを互いに尊重しコミュニケーションを図る多職種連携がうまく機能していることを忘れてはならない。患者に提供される医療はチーム医療なのだ。Hospitalistsのエビデンスに基づいた費用対効果に優れた病棟管理には他のプロフェッショナル達との多職種連携が基盤となっていることを鑑みると、日本でも日本版Hospitalistsを作るという動きのみならず、その他の専門医および他の職種と共同でその文化を構築していくことが不可欠である。
執筆:佐藤絵梨
Adjunct Assistant Professor of SimTiki Simulation Center, John A. Burns School of Medicine
ねりま健育会病院
発行:公益財団法人日米医学医療交流財団【2023年2月28日】