JANAMEFメルマガ(No.25)
なぜ、私が日本人女性で初めて米国消化器内科医になれたのか?
里井セラ
Internal Medicine Resident, Mount Sinai Beth Israel
ニューヨーク生活三年目にして、ようやく手慣れた手付きでスターバックスのコーヒー片手にベーグルを頬張ることができるようになったと思えば、早くも次なる就職先に移る時期となりました。現在、米国ニューヨークのマンハッタンに位置する中核病院、マウントサイナイベスイスラエル病院(MSBI)で内科レジデント3年目として勤務しています。
日本医科大学を2018年に卒業し、同病院で初期研修医を修了した後、 2020年より現在の病院で内科レジデンシーを開始致しました。ニューヨークの多様な患者層に触れる中で、肝炎や消化管疾患といった消化器内科疾患に苦しむ患者の診療にあたる機会に恵まれました。全身に影響を及ぼす消化器内科疾患を経験する中で、総合内科の重要性を学ぶとともに、内視鏡などの手技によって救命することができる消化器内科という専門に魅力を感じました。そして今年の7月からCase Western Reserve/University Hospitals Cleveland Medical Center(Case Western)で消化器内科のフェローシップに進むことになりました。Case Westernはオハイオ州のクリーブランドに位置し、1826年に設立された歴史ある私立大学で過去に15人のノーベル受賞者を輩出しています。
消化器内科のフェローシップは3年間で、特に炎症性腸疾患、肝臓移植、蠕動機能障害に関してはアメリカで多くの症例を経験することができます。例えば肝臓移植に関しては、アメリカでは年間に約9000件行われており、その数は年間日本で行われる約400件の20倍にも及びます。1, 2)実際に、私が所属するマウントサイナイシステムでは年間およそ200件の肝臓移植が行われており、1施設で日本の年間件数の半数が行われています。3)またシステム化した医療体制により、短期間で集中的に内視鏡を経験できる教育体制が整っています。消化器内科のフェローシップでは平均3~4人のフェローしか採用しません。また3年間のフェローシップを終えたのち、治療内視鏡、肝臓移植、炎症性疾患の1年間のアドバンスドフェローをすることができます。治療内視鏡のフェローシップでもまた1名のアドバンスドフェローが、集中的に超音波内視鏡(EUS)や内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP)を経験することができます。
日本と同様、アメリカにおいても消化器内科のフェローシップはとても人気です。しかし、実際に米国で消化器内科フェローシップを終えた日本人の先生は指折り数えるほどしかいません。なぜでしょうか。日本の内視鏡技術のレベルが高いことも挙げられますが、米国消化器内科のフェローシップの競争率が高いことが大きな一因であると考えられます。
2021年の統計によると消化器内科は内科のフェローシップの中で一番競争率が高いと報告されています。4) 消化器内科の志願者は970名でうち614名がマッチで、そのマッチ率は63.3%で、それに呼吸器集中治療(67.8%)、循環器内科(69.7%)と続きました。マッチした614名の内訳をみるとアメリカ医学部卒73.6%(うち13.2%がDO)、US international graduates 9.0%、そしてInternational medical graduate (IMG)が17.4%を占めました。IMGのマッチ率は51.5%と全体のマッチ率より当然下がり、私たちIMGにとっては非常に狭き門となっています。この競争率を反映しているためか、実際にアメリカで消化器内科のフェローシップを終えた日本人の先生は10人に及ばず、日本人女性では私自身が初となります。とても幸運なことに消化器内科のフェローシップにマッチできたので、消化器内科のマッチングについてお話しできればと思います。
先述した通り、消化器内科のフェローシップの枠は狭く、どのプログラムも平均2~3名、多くても6名程度しか採用しません。これは消化器内科に限ったことではなく、米国の内科フェローシップのほとんどに当てはまると思います。そのため、1つの枠に200名程度が殺到します。ではプログラム側はどのように選別しているのでしょうか。米国の消化器内科のファカルティーの話によれば2段階でスクリー二ングしており、まず出身プログラムで志願者を半分程度に減らす。そして次にUSMLEのスコア、推薦状、研究業績、Personal statement(PS)の4つをそれぞれ点数化し、この合計得点が高い志願者を順に面接に呼ぶのです。しかし最終的には1つの枠に対しておよそ20程度の志願者を呼ぶことになるため、面接に呼ばれたからと言ってマッチできるとは言えません。消化器内科においては、13個ほどのプログラムに呼ばれてやっとマッチ率が80%を超えてくると報告されています。5)つまり、面接に呼ばれる数を増やすことが大切であるということがわかります。
私が実際に呼ばれたのは大学病院関連が7つで、市中病院3つの計10プログラムでした。では、どのようにして面接に呼ばれる可能性を上げていくのでしょうか。出身プログラムやUSMLE(米国医師国家試験)の成績は変えることはできません。推薦状に関しても指導医、それも名の知れてる先生と良好な関係を築くことが大切ですが自分の努力だけでどうにかなりません。一方で研究業績と面接の際に必須な自己推薦文(Personal statement)は自分の努力次第で変えることができます。
マッチした志願者のデータを分析した報告によると、学術発表(学会発表や論文の数)の平均はアメリカ医学部卒で11.2、IMGでは21.0でした。もちろん一つの要素が全体の結果に大きく影響するわけではありませんが、マッチングの基本的な考え方は加点ゲーム。つまり、少しでもプラスになることを積み重ねるのが大切です。そのため、私自身もマッチングの際にはこの統計を意識して、学術活動に積極的に参加して、合計23の発表を行いました。また、学会発表に関しては一般的な合意として、米国での2大学会であるAmerican College of Gastroenterology(ACG)とDigestive Disease Week(DDW)に参加するのがよしとされているため、これらの学会日程をあらかじめ調べて、発表に間に合うように研究を進めました。
米国の内科レジデンシーでは研究することは推奨されていますが、研究テーマやメンター探しは全て自分でやらなければなりません。事前に消化器内科をたくさん勉強し、研究テーマを試行錯誤して、それに最もフィットした研究室を探して、リサーチフェローのポジションを交渉する。実際、たくさんのラボに研究機会を伺いましたが、殆どのラボからは残念ながら返信すらありませんでした。しかしながら、根気強くポジションを探した結果、治療内視鏡という私自身が最も興味がある分野のラボからリサーチフェローとしてのポジションを提供していただきました。そして、臨床の傍ら、夜間は研究に没頭した結果、マッチングでも高く評価されるDDWで、名誉あるPoster of distinctionを受賞できました。このように、マッチングはどんな人と出会えるかという運の要素も強く働きます。しかしながら、諦めずにトライすることで、必ず、機会は巡ってくるものだと思います。そのわずかなチャンスをものにできるように常日頃からアンテナを張り、自己研鑽することが非常に大切だと感じました。
日米共に人気な科であるのに、アメリカでフェローを終えた人が少ないためにその実態がベールに包まれている米国での消化器内科。ラッキーなことにアメリカの消化器内科のトレーニングを進むことができました。これからフェローシップが始まりますが、米国での消化器内科についていつか皆様にお話できればと思います。消化器内科フェローシップに興味がある方や質問があればいつでもご連絡いただければと思います(sera.sera.com.com@gmail.com)。最後になりますが、内科レジデンシーのサポートをしてくださっているJANAMEFに心より感謝申し上げます。
1. 日本移植学会 2019臓器移植ファクトブック、2020臓器移植ファクトブック
2. https://unos.org/news/in-focus/2021-9th-record-year-liver-transplants/
3. https://optn.transplant.hrsa.gov/
4. https://www.nrmp.org/wp-content/uploads/2021/12/MSMP-2022-Appt-Year_Match-Results-Stats.pdf
5. https://www.nrmp.org/wp-content/uploads/2022/03/NRMP-SMS-Program-Results-2018-2022.pdf
執筆:里井セラ
Internal Medicine Resident, Mount Sinai Beth Israel
発行:公益財団法人日米医学医療交流財団【2023年1月31日】