JANAMEFメルマガ(No.7)

あるジェネラリストが思う、シマネのシネマ

和足 孝之
島根大学 総合診療医センター


筆者は2020年6月からHarvard Medical School Master of Healthcare Quality and Safetyというかなり新しい分野の大学院に所属しCutting edgeな事を日々学んでいる。各国の医療の質と安全の“プロフェッショナルを養成するためのリーダーを養成する”というビジョンとコンセプトが格段にイケており、そこそこ満足している。そこそこというのは、COVID-19パンデミックのせいで、物理空間的な活躍する場所が二転三転と振り回されているからである(後記)。

自己紹介が遅れたが、筆者はシマネ県に属し“大学教員として総合診療をこよなく愛する、家庭医学の知識とスキルを習得しようと研鑽している生粋のホスピタリストである、そういえば総合内科と臨床熱帯医学が結構得意である”エッヘン。

といって、この空気感を理解いただける読者はそうとうGeneral Medicineの現場で働かれてきた経験のある方なのだろうと思う。他の診療科の医師からすればその差分は理解不能だろう。

筆者は職業上、総合診療医になりたいけれど将来どのような方向に進んだらよいかと若い人に相談されることが多い。多くの指導医は自分の医師人生の道はやはり正しかったと自己肯定感を持っている事が多いが、今のVUCA*の医療の時代には10年以上前の研修スタイルは実はもうこれっぽっちも参考にならないと思って良い。毎回返答に困るのだが、筆者は極めてニュートラルに返答する。“好きにしたらいいよ、誰になんと言われても時代が急激に変わってきているので本当にやりたいなと思うことをやれば大体間違いないと思う”と説明している。

個人的にはこれが意外と的をえているように感じており、細分化された医学であり、自分の興味のある学問領域であり、なんでも好きな事をやるときに放つ若者のエネルギーや、学習効率や、充実感は格別に高い。何より第三者から見て輝いて見えることが多い。一人ひとりの総合診療医が成長する過程は一つの映画(シネマ)を見ているような感動すらも時々遭遇するのだ。

我が国では、家庭医療、総合診療、総合内科、病院総合診療医などの分類が「有る」とか、「無い」とか議論されている。きっと有ると思う人にはそう見えるし、無いと思う人にはそれが本当に見えないだけである。青臭い言葉を使ってしまえば、「患者のため」に行うことは、だいたいキュアやケアとして正しいと思うことが多く、かっこいい言葉を使うとpatient-centerednessと言い換える事ができる。その本質的に重要な何かは当然変わることはないので、多くの場合自分の臨床的セッティングのみの視点や視野や視座から脱却できなくなってしまっていることが多いのかもしれない。ジェネラリストとしての知識や、スキル、マインドセットなど、多くの場合はそれぞれのセッティングの違いにより重要視するグラデーションの差があるに過ぎない。自分が見えている景色や知識や概念は、なぜ相手はわからないのだろう?と思うかもしれないが、逆もまた然りである。目指しているところは往々にして同じ場所であったりする。

筆者は思うに、一つの病院や診療所で長く働き続けることはもちろんメリットであるが、最大のデメリットでもありうる。自分の所属する病院や診療所や診療科の繁栄のみを考えるようになり、所属する部門、医局、講座、病院、大学、県行政レベルの枠を越えてのアイデアは想起されにくく、縦・横・斜めのコラボレーションが生まれない集団になる。もちろん実際に全体の為に行動しようとする稀有な人材を内部で育てるのはかなり困難になってしまう。

さて筆者たちシマネのジェネラリスト達は2020年度より厚生労働省総合診療医養成事業を受けて、県全体の総合診療系指導医と若手医師を中心としてITを駆使したバーチャルオフィスを構築してきた。時間はかかったが国立大学としてはデフォルト設定である年齢や役職などのヒエラルキー的概念を捨て去って頂くことができた。前述したジェネラリスト達が潜在意識下でかかえている見えない壁を取り去るために、いろいろな臨床のセッティングでお互いに交換して働いてもらうことを試みている。結果的に相互理解が進み、ジェネラリスト間の差分や違いは驚くほど小さく、高いと思えた壁は予想以上に低いことを短期間で確信した。
Teal型組織としてそれぞれのリーダー達が臨床と地域医療の現場で輝きながら運営するスタイルは我が国の大学では新しいやり方である。そのために道なき道を手探りで進み、山積みの問題を一つ一つ丁寧に分析して改善のために常に動き続けていかなければならない。“総合診療医はいかなるセッティングでも活躍できる”とまことしやかに謳われてきたが、であるのであれば大学でこそさらに活躍してほしいし、できるはずであると筆者は信じてきた。

筆者達シマネの総合診療医たちが目指し始めたのは、シマネの一人一人の総合診療医がリーダーとして、例え泥臭くても、カッコよい場面ばかりでなくても、観ている者にほんの少しでも感動を与える事ができる珠玉のシネマ達を造り出すことであると思っている。

後記:個人レベルでの欲望である憧れのボストンでオシャレ生活的なミーハーな夢があったが、当然延期した。島根県全体や国のロールモデルとしての志を掲げ、仲間のみんなとの夢を選択することになった。しかし、未だにその選択が正しかったのか正直わからない(いや、逆にものすごいチャンスを国から頂いたのかもしれない。政府、厚生労働省に感謝申し上げる)。

 

*VUCAとはVolatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)の略語である。

**Teal型組織とは組織を一つの生命体として捉える組織の考え方である。その組織は、組織に関わる全員のものであり「組織の目的」を実現すべく、メンバー同士で共鳴しながら行動をとる形態を呼ぶ。誰かが指示や命令を出すというヒエラルキー構造はなく、組織の目的を実現すべくメンバー全員で共鳴しながら行動するスタイルが求められる

 


執筆:和足 孝之
島根大学附属病院 総合診療医センター

 

発行:公益財団法人日米医学医療交流財団【2021年7月30日】