JANAMEFメルマガ(No.39)

医学教育者の臨床研究留学

橋本 忠幸
Department of Emergency Medicine
Brigham and Women’s hospital


1.はじめに

私は留学前は大阪医科薬科大学総合診療科に所属し、総合内科専門医及び救急専門医として勤務しておりますが、主に医学教育の分野で研究活動を行っております。この度、日米医学医療交流財団の「海外留学支援プロジェクト」に参加中の橋本市民病院「大リーガー医」育成プロジェクトの助成を受け、2023年9月からマサチューセッツ州ボストンのBrigham and Women's hospital救急部でPostdoctoral fellowとして医学教育者として、臨床研究留学生活を送っております。Brigham and Women’s hospitalはHarvard医科大学の教育病院の1つであり、Harvard医科大学のリソースが使える研究者にとっては楽園のような場所です。

2.研究留学と大学院留学

留学を検討したのは、医学教育を体系的に学ぶため、Harvard医科大学のMaster of Medical Sciences in Medical Educationに入学する予定でした。私は同じく米国のJohns Hopkinsの公衆衛生大学院をオンラインで修了した経験がありました。そこで感じたことはオンラインで学べることは多いが、オンサイト、つまりその場にいないと体験できないことも多いということでした。そのため今回の大学院では、研究のフィールドも同時に広げたいと考え、Brigham and Women's hospitalの救急部の大内先生との出会いを通じて、研究者として活動する場を確保することができました。
ただ留学直前でビザの関係で大学院と研究者は両立出来ないことが発覚しました。というのも、大学院は私が留学する予定だった年から、全面オンライン化となったため、ビザは発行できないことになったのです。病院は研究者としてのビザを発行するので、オンラインであったとしても学業を許可することは出来ないと伝えられました。散々迷って、いろんな人に相談した結果、大学院は辞退して研究に専念することにした。結果それは正しい選択と思っています。

3.医学教育の研究留学とは

医学は、基礎医学、臨床医学、社会医学の3つに大別されます。私の専門である医学教育は、社会医学の一環として位置づけられています。多様な専門家が集うハーバード大学においても、医学教育研究者は珍しい存在です。ただ、医学教育研究を進めようという機運はあり、医学教育研究者用のセッションに積極的に参加し、そこで得た知識を実際の研究に応用しています。
現在は「医学教育介入研究」に取り組んでおり、救急のレジデントへの特定の指導が患者の特定のアウトカムにどのように影響を及ぼすかを研究しています。通常、医学教育研究では学習者の変化に注目しますが、患者のアウトカムを直接見る研究はまだ少ないため、この分野での研究は重要な意義を持っています。上司は臨床研究のエキスパートとして、私は医学教育のエキスパートとしてうまくコラボレーション出来ていると感じています。

4.研究留学での3つの軸

アメリカに来てすぐに、上司である大内先生とのミーティングを経て、3つの軸を設定しました。1つ目は、論文執筆にこだわること。すでに日本で実施していた研究で得たデータを基に論文を書くことも重要な課題としました。それらをなかなか消化出来ないでいましたが、消化剤として、大学ならではの豊富なリソース(図書館司書や統計専門家)があり、消化の助けとなっています。
2つ目は、ボストンでしか学べない知識の習得です。今や対面でのセッションはかなり少なく、ほとんどがアーカイブ化される録画前提での講義です。しかし、やはり対面のセッションもあり、対面として生き残っているセッションは対面でないと意義が少なくなってしまうというものも多いと思います。そういったものを中心に学べるだけ学んでいます。その場にいる、ということは非常に貴重なことなのです。
3つ目は上司の大内先生から、ここで会う人は必ず財産になる、と教えてもらい、なるべくいろんな人に会う機会を作りました。留学生はつい同じところから来た人たちとの会合に偏りがちになりますが、自らいろんなところにあえて飛び込むようにしています。ただ会って挨拶する、というのは意味がないと考え、少し座って話しをする、というレベルを会うという定義にし、医療者、非医療者、日本人、日本人以外と分けて、どんな人にあったかはその日の日誌に記載するようにしました。おかげで半年で100人近くの人に会うことが出来ました。

5.最後に

研究留学という道は、将来の臨床留学への扉を開くかもしれません。実際、その場に居合わせることでしか掴めないチャンスは数多く存在し、まさに「その場にいる」ということが、これほど重要な意味を持つことはないでしょう。
留学を志すにあたって、我々はしばしば費用の問題に直面します。多くの大学で見られるのは、有給ポジションと無給ポジションという二つの道です。無給ポジションは、はじめの一歩としてはやや敷居が低いように感じられるかもしれませんが、これが実際には大きな障壁となることがあります。たとえば、あなたが大きな財を成しているとしても、必要な給料や奨学金が日本から供給されない限り、雇用の道は閉ざされてしまうのです。(その病院に多額寄付でもすれば話しは別かもしれませんが)
私自身、渡航を強く望みながらも、経済的な理由から実現できないという人々を何人も見てきました。私は和歌山県にある橋本市民病院の「大リーガー医」育成プロジェクトの支援を受け、今日に至るまでの研究者としてのキャリアを築くことができました。このような支援は、医師の留学という夢を現実のものとするためには不可欠です。
残念ながら、留学をサポートする病院はまだ十分とは言えませんが、増えつつあります。皆様には、こうした貴重な支援を提供する病院を見つけ、留学の夢を実現していただきたいと心から願っています。留学は多くの挑戦を伴いますが、その先には計り知れないほどの価値があります。挑戦することは素晴らしいことです。その挑戦を後押しすることはもっと素晴らしいことです。挑戦する人たちを後押ししてくれる場所が日本でもっと増えることを切に願っています。

 

橋本市民病院「大リーガー医」育成プロジェクト情報
https://www.hashimoto-hsp.jp/news/majorleaguerdoc.html

日米医学交流財団「海外留学支援プロジェクト」情報
https://janamef.jp/project/spt_pgm_a/

 


執筆:橋本忠幸
Department of Emergency Medicine
Brigham and Women’s hospital