JANAMEFメルマガ(No.11)

「パンデミック下の地域医療」

藤沼 康樹
医療福祉生協連家庭医療学開発センター/生協浮間診療所


凡庸で自己隠匿的なウイルス

2019年12月末に入って中国の武漢で新型肺炎が確認され、翌年の1月にその原因が新型コロナウイルスであることがWHOより発表された。速やかに国内の医療機関にも注意喚起がなされ、指定感染症に認定された。2020年2月に入ってダイヤモンドプリンセス号、北海道や東京でのクラスター発生などを契機に欧米に引き続き、日本もパンデミック状況となった。

その後武漢でのCOVID19の臨床経過が明らかになり、プライマリ・ケア外来の現場は震撼することになる。

COVID19の初期症状はほぼ普通のカゼ症状といってよく、またきわめて軽い経過を辿る場合も多く、一貫して無症状の場合もある。つまりこれは感冒様症状で来院した患者は全てCOVID19である可能性があるということを意味していた。日常的に軽症救急として普通に診察していたカゼの患者を一般外来で見ることはできないということであり、さらに無症状の新型コロナウイルス感染者も普通の来院患者の中に紛れている可能性があるということを意味した。COVID19は派手な皮疹が出たり、出血したりというような感染者が「それとわかる」ような特異的な症状はなく、あくまでカゼのような凡庸な表現型をもち、しかも無症状でありうるという自己隠匿的な性格を持つきわめて厄介な感染症としてわたしたちの医療現場に登場したのである。このことにより、慢性疾患・退行性変化と地域包括ケアのパライダムの中で、近年自分たちのシステムを整えてきた地域医療の現場が、突然かつての感染症時代のパラダイムにタイムスリップしてしまったのだ。パンデミックという異世界にダイブしてしまったのだ。

 

受療行動の変化

では最初の緊急事態宣言以後の診療所の様子はどのように変わったのだろうか?顕著であったのは新患、再来初診患者の減少である。前年比でおよそ7割減が数ヶ月にわたって持続した。地域には医療機関は感染のリスクの高い危険なところという意識が相当広がっていた。つまり、この時期は軽症救急や健康問題に関連したよろづ相談のアクセシビリティ(近接性)が相当低下していたと思われる。

実は最近の研究によると、2021年に入っても日本ではこうした受療行動の傾向は持続しているといわれている。プライマリ・ケアの重要な要素であるアクセシビリティが低下した状態がパンデミック下では継続している。しかし、この健康問題相談へのアクセシビリティの確保は地域社会には必要不可欠であり、医療機関という形式にとらわれない別の健康問題の相談のシステムを創出する新たなニーズが生まれていると考えてもいいだろう。そこで、私は何かあったら医者にかかるというマインドセット、或いは医療保険制度をこの機会に変化させた方がいいと考えている。言い換えると地域に健康よろず相談のリソースを創出することを考えた方がいいと思う。例えば、コミュニティナースのような専門職が地域のマーケットにいたり、薬局や鍼灸院にナースプラクティショナーがいたりして、健康問題の相談を医療機関以外の生活により近いところでできるような仕組みが必要になってきたのではないか。

 

パラレルワールド

2020年末の「第3波」以降で私が感じていたことは、医療現場の疲弊に比して、必ずしも一般住民の間では必ずも事態の危機感が共有されていなかったことである。その理由については、COVID19が直撃している人口レイヤー(虚弱高齢者、貧困層、慢性疾患や認知症の人たち等)は、特に都市部では、50歳以下のいわゆる勤労層や若者たちからは見えない社会になっていたということがあると思う。医療者にとっては、これまでずっと日常的な仕事の対象がCOVID19直撃レイヤーであったが、元気な勤労者層や若者は主たる仕事の対象ではなかったのだ。つまり、医療・介護系の人たちの「都市」とそれ以外の人たちの「都市」は微妙にずれていたのである。

「都市化」の本質は集中化・効率化であり、成長や拡大にとって都合のわるいもの、みたくないものを覆い隠すことが都市化の本質の一つである。おそらくこうした都市内部に形成されたパラレルワールド間のコミュニケーション回路を開くことが、今後もやってくるだろう様々なパンデミックに強い都市計画の重要な要素になるのだろうと考えている。

 

COVID19の在宅医療

2021年7月下旬にになって東京ではCOVID 19患者が急増し、その後感染者数が5000人を超えるようになった。診療所でも発熱・カゼ外来に予約された全員がPCR陽性という状況が日常的になってしまった。そして、特にワクチン未接種の40代から60代が感染の直撃対象となり、重症化する人数も急増した。それに伴いCOVID19を受けいれていた病棟の状況が一変したのである。

まず重症患者の入院ベットが早々に埋まってしまい、そこから溢れてしまった重症患者が中等症病棟に滞留するようになり、中等症病棟でレスピレーターを装着した患者をケアすることになった。そのことにより稼働可能な中等症ベッドが実質的に減少してしまったのだ。その結果入院できない中等症の患者が在宅に滞留することになった。こうした患者を地域の在宅医療チームがフォローすることになり、在宅医療がこれまで経験したことのない救命のためのクリティカル・ケアを創意工夫で実施する状況になってしまった。

私の診療所では8月上旬に、中等症2(絶対的入院適応)の4名の在宅患者を同時にフォローせざるを得ない状況になり、スタッフルームのホワイトボードは各患者のバイタル等の経過が記入され、病棟における温度板と化したのだ。スタッフの話し合いも病棟カンファレンスのようになった。酸素が必要だが機器が手に入らないのでどうするか、せん妄状態への対応をどうするか、ステロイド投与の検討や対応可能な訪問看護ステーションを探しすこと等、スタッフにとっても全てが初めての経験ばかりであった。しかし、こちらの武器はあくまで乏しく、竹槍で大きな敵とたたかっているような気分にもなった。

COVID19の在宅医療を実施する上で特に困難だったことは、患者宅は全てレッドゾーンであることと、感染対策上、医療者の長時間の滞在が困難であったことだ。そして患者宅を一歩出ると、そこには街の日常が普通に存在しているのであり、まさに見えない瓦礫に患者が埋もれていたという比喩が当てはまる状況がおよそ2週間続いたのだった。在宅で救命を目的としたクリティカル・ケアを行うということは、そもそも在宅医療の対象としては想定されていなかったのだ。

 

おわりに

以上、パンデミック下の自分自身の医療現場の様子を振り返ってみたが、このパンデミックで様々な不可逆的なヘルスケアシステムの変化が生じたこと、そして次のパンデミックに向けて地域医療は、そして地域そのものがどのように準備を進めていくのかが問われている。

 


執筆:藤沼 康樹
医療福祉生協連家庭医療学開発センター/生協浮間診療所

 

発行:公益財団法人日米医学医療交流財団【2021年11月30日】