JANAMEFメルマガ(No.9)

「板中Way」

加藤 良太朗
板橋中央総合病院


はじめに

私が広報委員を務める日米医学医療交流財団(JANAMEF)の目的は、日米両国の医療関係者による交流を通じて、日米両国の保健医療の発展に寄与することである。当初より研修医をはじめとする多くの医療従事者の米国留学を支援しており、その数は設立30周年時点で600名超に上る。

医学留学セミナーも毎年開催しており、今年は「コロナ時代の留学に向けて」というテーマで、10月9日(土)にオンライン形式で東京女子医科大学と共催する(詳細および参加登録については、https://scholarsmeeting.jp/meeting/104/ をご参照ください)。

かくいう私も、米国ワシントン大学(セントルイス)留学時代(2003年)に助成を受けている。その恩恵で、安全かつ有意義な留学生活を送ることができたことには今でも心より感謝している。早いもので、あれから20年が経過した。その間、国内外、おそらく何百人あるいは何千人という方々との交流や支援を頂き、今は板橋中央総合病院の院長として多くの若い医療従事者を支援する立場となった。

 

板橋中央総合病院について

当院は569床の地域中核病院である。救急医療には注力しており、年間8000から9000台の救急車を受け入れている。コロナ禍の第5波においても、1日1100名以上の住民のワクチン接種、3列の発熱外来、そして東京都の入院重点医療機関として中等症55床、重症4床のコロナ病床を確保して頑張った。

一方、当院は140以上の施設から成る日本最大の医療グループであるIMSグループの基幹病院でもある。そのため、グループの期待もあり、本来なら特定機能病院で行われるような先端医療も行っている。数年前より移植医療を再開し、ロボット支援手術も積極的に行っており、癌研有明病院との連携でAIホスピタル企画にも参加している。

 

医学教育について

私も皆様と同じように、医学教育は未来への投資と考えている。当院では、毎年12名の初期研修医を受け入れており、内科、外科、麻酔科においては、基幹プログラムとして毎年それぞれ数名の専攻医も受け入れている。先日、NPO法人卒後臨床研修評価機構(JCEP)の訪問調査を受けた際に述べたことの繰り返しにはなるが、以下に私の医学教育に関する想いを書かせて頂く。

 

(1)「動ける医師」の育成

今回のようなパンデミック下でも動ける。災害時でも動ける。そのような、医療界における「海兵隊」を育てたいと思う。若い医師を甘やかしてはいけない。そのポテンシャルを飼い殺しにしてしまいかねない。

先日、毎年7000名以上の初期研修医が受験する基本的臨床能力評価試験を運営しているJAMEPのセミナーに参加した。島根大学附属病院・総合診療医センターの和足孝之先生の講演には特に感銘を受けたが、彼によると救急車搬送台数が多い、あるいは受け持ち患者数が多いなど、忙しい初期研修医の方が試験の成績が良かったらしい i。この結果は、私が米国において、レジデントに対する80時間の労働時間制限が導入される前後を実体験した印象と一致する。あくまで個人的な印象だが、最近の米国レジデントはカンファレンスで鑑別診断を上げることができても、急変患者のトラブルシューティングが出来ない、つまり「動けない」レジデントが増えた印象を受ける。

社会が成熟すると、それを構成する人間の成長が遅くなるという。例えば、アマゾン河川に住む部落では、6歳の女の子が家族のために魚を釣り、屋根に藁を敷くのを手伝うという。野菜を食べた、あるいは靴を履いただけでも拍手喝采される日本や欧米の6歳とは大違いである。医学教育においても、同じような現象がみられてはいないか。

もちろん、最低限の安全や安心は確保し、守ってあげなくてはならない。例えば、初期研修医や専攻医が医療訴訟で訴えられ逮捕されるような世の中を絶対に許容してはいけない。しかし、「動ける医師」を育成するためには、若い医師を甘やかしてはいけないと思う。

 

(2)「高度な平凡性」ii の追求

当院は「総合病院」であるが、物理的に複数の診療科が集まっただけの総合病院であってはいけない、真に患者を総合的に診ることのできる総合病院であるべきだと考えている。そのためには、総合内科、麻酔科、救急科といった、臓器横断的な診療科を病院のインフラとして整備しておく必要があり、これらの診療科は実際に当院における医学教育でも中心的な役割を果たしている。

総合的に患者を診るということに要求されるのは、必ずしもテクニカルな医学知識ではない。むしろ、適切な問診ができる、患者の訴えをよく聴くことができる、検査結果を正確に解釈できる、あるいは他の医師やメディカルスタッフに分かりやすくプレゼンができる等、意外と平凡な医療行為であり、むしろカルチャーに近い。これらの一見平凡に見える医療行為こそ、どの診療科の医師にも要求される基本的な能力であり、それを臓器横断的な診療科から高いレベルで習得することを私は若い医師に期待している。

 

(3)「命より大切なものがあることを知ってなお、命を大切にする」人間になる

当院の前院長であった故・新見能成先生、そして帝京大学医学部附属病院の病院長であった故・森田茂穂先生という二人の恩師から学んだことでもある。それを思い出したのは、今月11日にテレビなどで多く流れていた9・11の追悼番組である。

ご存知のように、2001年9月11日に米国では四機の旅客機がテロリストによってハイジャックされた。二機はワールドトレードセンターに激突し、一機は米国国防総省(ペンタゴン)に激突した。しかし、ユナイテッド93便だけはペンシルバニア州郊外の野原に墜落した。機内で乗客がテロリストと闘い、当初目標とされていた米国議会議事堂への激突を回避させたのである。ユナイテッド93便に乗っていた40名の乗客とクリューの勇気は、20年経った今でも色褪せず、米国で讃えられている。

最近知ったのだが、ユナイテッド93便の乗客の一人であるマイク・ビンガムと、彼の母親アリス・ホーグランドとの会話が録音されて残っているiii 。母親は、電話越しに「マイク、あなたが何とかしなさい、乗客の仲間を集め、一緒にハイジャッカーを止めなさい」と懇願していた。このような電話ができる大人でありたいと私は自戒の念を込めて願う。そして若い医師たちが将来私の立場になった時にも、そのような電話が出来る大人であって欲しいと願って止まない。

 

最後に

本気で医学教育を考えることは、結局、私たちの医療のあり方を考えることにもつながる。儒教の言葉でいう「下学上達」に似ている。私が国内外の多くの先輩たちに支援して頂いたように、私も多くの国内外の後輩たちを支援できる幸運に恵まれたらと思う。

 


i   https://jamep.or.jp/papers/
ii  戸部良一他「失敗の本質」(中央公論新社、1991年)
iii https://timeline.911memorial.org/#Timeline/2

2021年 医学医療交流セミナー「コロナ時代の海外留学に向けて」
日 時:2021年10月9日(土)8:40~15:00
会 場:オンライン開催(Zoomウェビナー)
参加費:財団会員:無料、学生:無料、初期研修医:1,000円、一般:2,000円
参加登録:https://scholarsmeeting.jp/meeting/104/

*ScholarsMeetingにご登録(無料)の上、お申込み下さい。

 

執筆:加藤 良太朗
板橋中央総合病院 院長/総合診療内科主任部長
公益財団法人 日米医学医療交流財団 広報委員

 

発行:公益財団法人日米医学医療交流財団【2021年9月30日】