JANAMEFメルマガ(No.21)

日本版小児ホスピタリストは実現可能か

高城 大治
シンシナティ小児病院


「日本版ホスピタリストの養成」は財団の提言である。日本版ホスピタリスト助成を受け、2019年より3年間米国ミシガン州のミシガン小児病院で一般小児科研修を受けた。妻・子供2人を連れての臨床留学は経済的な困難を伴い、助成に助けられ、無事に研修を修了できたことを感謝申し上げたい。今回、このメールマガジンとして初めて小児科医が執筆すると伺った。そもそも、ホスピタリストは小児医療にとってどう有意義であるのか、米国のシステムをそのまま我が国の小児科領域に導入することが可能か、率直に述べさせていただきたい。

まず、こちらでは「ホスピタリスト」を「入院患者を診ることを専門とする一般小児科医師」と定義する。外来診療を行いながら、入院病棟の患者も診る「総合診療科」とは異なることを明確にしておきたい。

ホスピタリストは現在の日本小児科医療に実現可能なものか。答えはごく一部の中核病院小児科あるいは地域小児科センターでは可能であり、その他の大多数の小児科にとっては現時点では残念ながら不可能である。しかし、将来の日本小児科医療の更なる発展には必要なものだと考える。その理由について、私見を述べさせていただきたい。

小児科医療の特徴として、高齢者医療と比較して多臓器にわたる問題を抱える患者は少ないことが挙げられる。高血圧・慢性腎不全・慢性心不全・糖尿病・悪性腫瘍などの問題に同時に対処しなければならないケースは小児科においては稀である。高齢者医療を司るホスピタリストに求められる「多臓器横断的な診療」は、小児科診療においても重要であることに議論の余地はないが、求められる頻度は高齢者に比して少ないであろう。

ではなぜ、「小児科」日本版ホスピタリストは必要か。小児入院診療の標準化、入院医療の質の向上、小児専門科領域の更なる充実のために重要だと考える。

米国と比較して、我が国の小児科医療は標準化に乏しい。施設間や医師間の診療方法の違いが大きく、施設が変わると診療が変わるということはよくある。この傾向は、日常疾患において特に顕著である。市中肺炎の入院治療でさえ、施設によって異なる。標準化の乏しさは、エビデンスに基づいた診療を困難にするばかりでなく、各施設・日本全体として新しいエビデンスを生み出すことをも困難にする。米国では、近年小児科ホスピタリストに2〜3年間のフェローシップ研修が義務化された。もともと米国の小児科医療は広く標準化されているが、入院患者を診る全ての小児科医に標準化された研修を課すことで、入院医療の標準化をさらに進めようという取り組みのように感じられる。我が国でも、ホスピタリストの養成を通じて、入院医療の標準化を図れば、エビデンスに基づいた診療、ひいては、新しいエビデンスの創出がより可能になるのではないだろうか。

また、患者・家族にとって、入院中のQOLは重要な問題である。我が国の急性期平均在院日数は世界一に長い。入院は、子ども・家族の両者にとって大きなストレスである。あくまでも日本の病棟の一例だが、1部屋に4床あり、小さなベッド柵の中に親が一緒に入って寝ているような状況はよく見られる。共働き家庭も多い中、親の付き添いを必須とする入院病棟もいまだに見られる。在宅あるいは外来でも可能なのに、入院日数を不必要に延ばすことは子ども・家族にとってメリットがない。在院日数を減らすことができるエビデンスが世界にはありながら、我が国の在院日数が諸外国と比べて飛び抜けて長いのは、そのようなエビデンスを導入していないからではないだろうか。学術的な観点から、入院医療の質の向上に努めるためにも、ホスピタリストは求められると考える。

最後に、ホスピタリストの存在は小児サブスペシャリティの診療を大きく助けることになる。我が国の多くの小児科病棟では、小児サブスペシャリティを持つ医師にも日常疾患を診ることが求められる。例えば、小児循環器を専門としている医師であっても、喘息や肺炎、尿路感染症の入院患者を診る必要がある。言い方を変えれば、これら日常疾患は、サブスペシャリティ医の“片手間”に診られていることもしばしばある。ホスピタリストが入院医療の専門家として、日常疾患の治療、多臓器横断的な診療、小児サブスペシャリティ医との連携を担うことで、サブスペシャリティ医は自身の専門領域に集中することができる。

冒頭で、我が国のほとんどの小児入院病棟ではホスピタリストは導入不可能と申し上げた。その理由は、小中規模の小児科施設が非常に多くあり、小児科医療が集約化されていないからである。小児科常勤医が5〜6人で、入院病棟があるような施設ではホスピタリストはおそらく導入不可能である。常勤医全員が外来を持ち、同時に入院患者も診なければ、小児科が稼働できない状況だからだ。このような施設が大半を占めていることが我が国の現状である。ホスピタリストを導入するためには、小児科医の数が施設に十分におり、外来診療と入院診療、一般小児科医とサブスペシャリティ医を明確に分けることができる人的余裕がなければならない。

仮にホスピタリストが現在の小児科医療に即さないとしても、私は小児医療を集約化した上で、ホスピタリストの導入を積極的に進めるべきだと考える。確かに、小児科医療の集約化は医療へのアクセスを悪化させる。しかし、集約化した大規模な小児施設に患者・小児科医を集め、そこにホスピタリストを導入することで、小児入院診療の発展が期待できるのではないか。小児入院診療の標準化、入院医療の質の向上、小児専門科領域の更なる充実は、日本の小児科医療が引き続き世界をリードしていくために必要なことである。成人・高齢者領域でも、「日本版ホスピタリスト」と銘打っているように、日本の小児科医療文化に沿った「小児科日本版ホスピタリスト」の導入を検討しても良いのではないかと思う。まずは、問題提起と概念の導入を入口として、ホスピタリストを養成するメリットを訴えていくことが重要なのではないだろうか。

財団の助成を受け、3年間の研修を終え、上記のような視点を持たせていただいたことに深く感謝したい。今後も、日本版ホスピタリストの養成に小児科医として関わることができることを願うと共に、財団の更なる発展を祈念したい。

 


執筆:高城大治
シンシナティ小児病院

 

発行:公益財団法人日米医学医療交流財団【2022年9月30日】