JANAMEFメルマガ(No.24)
米国での診療とLEP
西村義人
Department of Hawaii, University of Hawaii
私は2020年に日米医学医療交流財団からの助成のもと、University of Hawaiiにて内科研修を開始し、2023年6月に研修修了予定、その後チーフレジデントを務める予定です。今回、米国、特にハワイにおける診療とLEPについて寄稿させていただきます。
今回のキーワードとなるLEPはlimited English proficiencyのことを指し、英語が第一言語でないかつ英語を介した日常でのコミュニケーションに支障が出る人々のことがそのように定義されています。米国全体におけるLEPの割合はおよそ9%と言われ、大雑把に述べれば約10人に1人が英語での日常診療に支障がある方ということになります。
一方、ハワイ州におけるLEPの割合は総人口の19%と、なんと米国全土の約2倍近い数字となっています。その背景にはハワイの地理的条件も大きく影響しており、ハワイはちょうどグアムと米国西海岸(カリフォルニア)の凡そ中間に位置し、サモア・ミクロネシア連邦、マーシャル諸島といったいわゆる”Pacific islander”が多くハワイに移住してきていること、それらの地域は医療資源が乏しく高度医療を受けるにしてもハワイへの移住を余儀なくされること、といった要素がまず一つの要因です。さらに古くはプランテーション農業の時代に遡る歴史背景からフィリピン系移民が多く(現在日系を抜いてハワイ州のアジア系住民第一位)、フィリピン人移民の半数以上がLEPであることも挙げられるでしょう。
LEPが多いということは日常診療にも大きく関わってきます。米国では複数の法律による要請に基づき、医療通訳を患者負担なく提供することが病院の義務となっており、その必要性は医療通訳へのアクセスがJoint Commission(医療施設認定合同機構)の病院の認証要件に含まれていることからも推し量ることができます。Joint Commissionの認定を得ることが米国の多くの州で公的保険であるメディケア・メディケイドの適用条件となっているため、Joint Commission絡みの要件は病院の死活問題になるのです。
医療通訳が必要な時に素早く利用できるようにするための病院の努力義務としては以下が挙げられます。
1: 早期の通訳ニーズアセスメント
2: 「通訳が無料で利用可能」であることを示すサインポストの掲示
3: 通訳提供のシステム構築
4: スタッフ間の認知度向上
私が主に勤務しているハワイ州最大の病院であるQueen’s Medical Centerでは、MARTTI(MY ACCESSIBLE REAL-TIME TRUSTED INTERPRETER)というサービスを用いてリアルタイムにビデオ医療通訳に接続できる専用タブレットが各病棟1台、救急外来に2台常備されており、タブレットが他の患者で使用中であれば個人の電話から専用コードを用いてリアルタイム音声通訳に接続ができるようになっています。2020年度の当院における医療通訳の総利用時間は約280,000分(約194日程度)と、医療通訳の利用がまさに日常診療の一部であることが窺い知れるデータだと思います。患者・家族の用いる言語が流暢に話せる医療従事者がいれば好ましいですがそうもいきませんので、外来での患者教育・手技や手術の同意取得時・重症患者や終末期患者及び家族とのいわゆるgoals of care discussionにおいては必ず医療通訳をセットアップするのが必須です。
「患者の家族に通訳してもらえばいいじゃないか?」と思われる方もいるかもしれません。医療通訳において、患者家族・友人を用いることは原則勧められていません。何故なら、特に重要な疾患の病名・病状告知に際し、家族・友人が正確にその病名・病状を患者に伝えるという確証が持てないからです。
実際のケースを例に挙げると、80歳台の中国人男性(標準中国語すなわちマンダリン話者)が下血で救急外来に受診し、CTにて大腸に腫瘤が指摘されたため大腸癌の疑いとそれに伴う下部消化管出血という診断のもと救急医が患者・家族に入院の必要性を説明しようとしました。救急医は医療通訳を使用しようとしましたが、その場に同伴していた患者の同居の孫が「医療通訳はいらない。私が通訳をする」とのことで医療通訳使用を拒否。救急医は孫を通訳として入院の必要性を説明しましたが、「腫瘤の話になると孫が通訳するのを明らかに止めて黙っていた」というのです。上記の引継ぎをホスピタリストチームとして受け、その後家族への説明から始まり結局は医療通訳を型通り使用してスムースに精査を進めることが出来たのですが、この事例は家族・友人通訳におけるジレンマの典型例と言えます。
家族・友人からしてみると、特にアジア系の人にとっては通訳としてとはいえbad newsを伝えるというのは荷が重すぎますし、「悪いニュースを伝えてショックを与えたくない」という思考に至るのも理解できます。正確な情報伝達・コミュニケーションを確約するための手段として、職業医療通訳の利用が勧められているわけです。
以上のように、米国、特にハワイではアジア系及びPacific Islanderの非英語話者の存在から医療通訳が日常診療に浸透している旨をご説明させていただきました。日本における非日本語話者の診療はどうでしょうか?COVID-19パンデミック下で、東京都など限られた自治体は医療通訳を無料提供していましたが、適切な職業医療通訳が24時間365日利用できる医療施設はまだ限られている現状と思われます。さらに、2021年12月の時点で、在留外国人数は276万人(人口の約2.2%)、かつ中国・ベトナム・韓国・フィリピン・ブラジルが上位5か国を占めておりその多くが非英語圏であることから、「外国人診療は英語が出来ればOK」というのは必ずしも正しくありません。
COVID-19パンデミックで足踏みしましたが、今後非日本語話者の人口は緩やかに増加していくことが推測されており、それに従って日本における非日本語話者の状況に応じたユニバーサルな医療通訳の導入・いわゆる「やさしい日本語(敬語などを用いない、短文かつ明瞭な日本語)」の活用がより求められていくことになると考えらます。米国における医療通訳の現状は、今後の対応を模索するためのヒントになるのではないでしょうか。
執筆:西村義人
Department of Hawaii, University of Hawaii
発行:公益財団法人日米医学医療交流財団【2022年12月31日】