JANAMEFメルマガ(No.19)

変化し続けることの重要性

大嶽浩司
スタンフォード大学、昭和大学


はじめに

2000年に留学助成をいただいて以来、各種セミナー・イベントなどでお世話になっている日米医学医療交流財団(JANAMEF)のメルマガに執筆する機会をいただき、大変感謝しています。

JANAMEFは時代に合わせて方針を変化させ、近年はホスピタリストの育成に力を入れています。この「変化し続けること」が極めて重要だと、昨年自らの再渡米を機に改めて感じました。現在のアメリカにおいて、ホスピタリストは最も成功した診療科の一つであり、その果たす役割は多岐にわたります。間違いの無いように蛇足ながら付け加えると、一人の“スーパー”ホスピタリストが多様な役割を果たしているのではなく、様々な得意分野を持つホスピタストたちがそれぞれ活躍し、俯瞰的に見ると群としてのホスピタリストが多様な役割を果たしているのです。

アメリカの医療者の働き方の変化

筆者は2003-04年に小児麻酔フェローとしてアメリカの3箇所の病院で勤務しました。昨年(2021年)17年ぶりにアメリカ留学して気づいたのは、当時と医療者の働き方が大きく異なっていることでした。日本のテレビドラマなどで言われているアメリカの医療の姿のように、かつては専門医を取ったらprivate practiceに移行するという医師が多くを占めていた(1980年代は70%以上、2012年でも60%以上*1)のですが、2020年のAMAのサーベイ*2によると、現代のアメリカにおいて、そのような医師は激減し、半分以上の医師は組織に雇われています。

この働き方の変化に重要な役割を果たした診療科が、ホスピタリストです。ホスピタリストは、その名の通り、private practiceとは対極にいる病院所属の医師で、院内診療を中心的に請け負います。現在、内科系の医師の研修プログラムとして、ホスピタリストは非常に人気を集めています。病院によりその役割はさまざまですが、ホスピタリストは集中治療、総合診療、手術・手技後のリカバリー診療などを行い、感染制御や安全管理を担ったりして、院内診療を円滑に進めるための重要な役割を果たしています。健康保険によって医療行為の大枠が決められているアメリカ医療において、しっかりと統制が効き、エビデンス通りの費用対効果が優れた医療をしてくれる病院所属のホスピタリストたちは医療の要となっているのです。

また、救急、麻酔、放射線、病理といった診療科においても、医師でなく企業(やファンド)が所有する医師集団に属し、日によって指定された救急医療センター、日帰り手術センターや画像診断センターなどで働くという形態が増えています。これにより、患者が自分の健康保険でカバーされているはず(in networkと言います)の救急センターにかかったのに、担当医が健康保険でカバーされないグループの所属だったため、結果として高額の医療費を請求されるsurprise medical billと呼ばれる事象が社会問題化しました。このため、本年よりthe No Surprise Act*4という法律が適用され、surprise billが起こらないように対処されました。日本と違い、ホスピタルフィーとドクターフィーが分かれていることによって起こった事象でしょうか。

一方、看護師の働き方はCOVIDを機に大きく変わりました。日本より広範にCOVIDが広がったアメリカでは、感染リスクの高い場所で働くことを嫌がり、企業での仕事やオンライン診療、オフィスでの仕事などに転職する看護師が増えました。このため、人手の足りなくなった臨床現場では、いわゆるフリーランスのトラベルナースと呼ばれる非常勤看護師を雇わざるを得なくなりました。結果として需要供給バランスが崩れ、トラベルナースの賃金が急上昇し、カリフォルニアのICUナースなどでは、タイミングによっては週給7,000ドルという高額な賃金が発生しました。そうすると、病院に所属し、常勤で働く看護師たちは面白くありません。本年4~5月ごろ、カリフォルニアではさまざまな病院で常勤看護師の待遇改善のためのストライキが起こりました。私の同僚の管理職クラスの看護師や、病院管理者はこの問題解決のために、大変頭を悩ませていたのが印象的でした。

当然ですが、日本でもこの20年ほどで随分と臨床の形や働き方が変わりました。アメリカも変わっているのは当然です。しかしながら、世の中に日本語で流布している情報や偉大な先輩の昔話というのは、情報取得時の真実を表しているかもしれませんが、アップデートが遅れていることが多いです。そのような情報に惑わされず、実際に現場に入ること、原典から情報を得ることの重要性を再認識させられました。

MCiMのすすめ

最新情報に身を晒すための手段として、臨床留学はもちろんですが、年齢的に少し経ってしまっている本稿を読んでいただいている方々にお薦めしたいのが、スタンフォード大学のMCiM(Master of Science in Clinical Informatics Management)という修士課程です。筆者は昨年より1年かけて、このMCiMに大学院留学し、診療データの解析に基づいた医療をどうやって現場に落とし込むかについて、学びました。

昨年創設されたこのプログラムは、スタンフォード大学の医学部、コンピュータサイエンス、ビジネススクール、バイオデザインといった部門が、学部の枠を超えて連携して教育体制を作る大変ユニークな専攻です。1期生は24名(うち医師8名、看護師2名)。女性が17名、留学生は4名と、生徒のバックグラウンドは多様です。授業は、座学もありますが、新規医療技術のアイデア出しから製品の開発、ビジネスモデル策定まで行うバイオデザイン、実際のスタンフォード大学の診療データベースからどのようなデータを抽出し、クリーニングして、どういった機械学習をさせるか、ユースケースを用いたモデル構築、さらには持続的にモデルを回すための財務計画立案を行うData Driven Medicineなど、日本どころかアメリカでの他に類を見ない、シリコンバレー*5ならではの、医療とビジネス、情報を統合させたユニークかつ実践的な授業を受講できます。

同級生の一人にホスピタリストがおり、医師でありながらコードが書ける彼は人工知能を用いた糖尿病のコントロールの新しい手法の開発を研究しています。彼を見ていると、ホスピタリストのカバーできる領域は、とても広いと実感させられます。まだ、日本人卒業生は私だけですので、ぜひ多くの方に履修いただき、一緒に新たな領域を切り開いて、世界の医療の発展に寄与できる日本の医師が増えればいいなと思っています。

「動くこと雷霆のごとし」

若い頃、本稿のNo.9「板中Way」で加藤良太朗先生と同じく、恩師である帝京大学医学部附属病院の病院長であった故・森田茂穂先生から生き方の多くを学びました。森田先生には孫子の兵法を幾度となく、お話しいただきました。特にお好きだった一節が軍争編第七に書かれている

「故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷霆」
でした。このうち、最初の4つの言葉は武田信玄が風林火山と略したことで有名です。しかし、森田先生が重要だとおっしゃっていたのは、風林火山に入っていない次の2つ「知り難きこと陰のごとく、動くこと雷霆のごとし」です*6。相手に知られないようにしっかりと情報を集めて、いざという時に素早く動くことが大切だとのことでした。私はこの言葉に従い、Post-COVIDの世界がどう変化するかを知るため、apple, google, facebookなどがある世界の情報の中心であるシリコンバレーに飛び込みました。

この留学を決断する際、かつて森田先生のハーバードでの指導教官だったロウェンステイン先生が60歳からmedical ethicsを大学院で学び始められた時にとても嬉しそうだったことを思い出しました。留学するタイミングは、キャリアのどんなステージでも、思った時がベストタイミングです。若い先生方だけでなく、これをお読みになっている中堅~ベテランの先生方も、孫子の教えの通り、躊躇せずに動かれると世界がどんどん良く変わっていくのかもしれません。

 


*1 AMA Survey; New Data On Physician Practice Arrangements: Private Practice Remains Strong Despite Shifts Toward Hospital Employment, 2012
*2 https://www.healthleadersmedia.com/clinical-care/ama-data-physicians-private-practice-continue-decline
*3 https://www.consumerfinance.gov/ask-cfpb/what-is-a-surprise-medical-bill-and-what-should-i-know-about-the-no-surprises-act-en-2123/
*4 https://www.cms.gov/nosurprises
*5 Apple、インテル、ナショナル セミコンダクター、Google、Facebook、アプライド・マテリアルズ、Yahoo!、アドビ、シスコシステムズなどに代表されるソフトウェアやインターネット関連企業が多数生まれたIT企業の一大拠点(Wikipediaより抜粋)
*6 「風林火山」には続きがある!? https://www.city.kofu.yamanashi.jp/senior/kamejii/035.html

執筆:執筆:大嶽浩司
スタンフォード大学、昭和大学

 

発行:公益財団法人日米医学医療交流財団【2022年7月29日】