JANAMEFメルマガ(No.45)
医療者が研究するためには 〜Physician–scientistを目指す中堅医師の葛藤〜
庄嶋 健作
兵庫医科大学総合診療内科学 助教
はじめに
私は、2007年に JANAMEF と橋本市民病院が連携して行っている「大リーガー医」育成プロジェクトの第1号として米国に渡り、California州San DiegoにあるSalk研究所で抗加齢医療の研究を行いました。2022年に帰国し、現在は兵庫医科大学総合診療内科学で診療・研究・教育に取り組んでいます。JANAMEF顧問の伴信太郎先生には、研究留学前後を通して多大なご支援をいただいており、このメールマガジンに寄稿できることを大変光栄に感じています。
テーマや文字数は自由とのことで、過去の寄稿者の先生方と比べ、未だ成果の少ない私がこのような文章を書くのは恐縮ですが、physician-scientistを目指し、日々臨床、研究、教育に奮闘している中堅医師として、医療者が研究に取り組む意義やその支援体制について、私自身の日米での経験を通じた視点でお伝えしたいと思います。
Physician scientistとは
医療者は診療に専念し、研究は研究者が行うべきだという考え方がありますが、私は、医療と研究の両方に取り組むphysician-scientistの役割が非常に重要だと感じています。たとえば、Stanford大学のKarl Deisseroth教授は、精神科医として臨床を行う一方で、光で神経活動を制御する技術「Optogenetics(光遺伝学)」を開発しました。この技術は、神経科学の分野に革新をもたらし、脳機能や精神疾患の理解を大きく進展させました。
もちろん、すべての医療者が physician-scientistを目指す必要はありません。それぞれが自分の目指す方向に応じて、臨床、研究、あるいは他の活動に取り組むことで、多様性が生まれ、最終的により良い医療の実現につながると思います。私自身も日々の診療を通じて、「幸せに長生きする方法」を追求し、抗加齢療法の開発やwell-beingに関する疫学研究に取り組んでいます。しかし、これらの壮大なテーマに取り組むなかで、常に時間と資金の問題に直面しています。
研究を進めるための時間と資金の課題
最近の調査によると、日本の大学病院に所属する助教の約半数が、週に5時間以下しか研究に時間を費やせておらず、15%の助教は全く研究を行っていないという結果が示されています1)。多くの場合、臨床業務が最優先され、研究や教育は自己研鑽の一環として行うべきだとされている点が一因として挙げられます。
ではアメリカはどうでしょうか。アメリカは多額の研究資金が投じられ、研究が推進されると同時に、ライフワークバランスも保たれているイメージがあります。実際、日本の競争的研究資金である科研費の総額が約2377億円(2021年)であるのに対し、アメリカのNIH(アメリカ国立衛生研究所)の予算は約5兆6600億円(2021年)で、その約8割が競争的資金として配分されており、その規模の違いは非常に大きいです。しかし単純に比較することはできません。日本では研究費に人件費が含まれないことが多いですが、アメリカでは研究費に人件費が含まれており、実際に研究に使える資金は意外と少ないこともあります。また、アメリカでは研究費を獲得しなければ人件費を賄えない厳しい現実もあります。例えば、2023年のノーベル生理学・医学賞を受賞したKarikó Katalin博士も、当初は研究の意義を理解されず、十分な研究費を得られずに苦労したという逸話があります2)。それでも業績を挙げて研究費を集め、研究を主要業務とするシステムは、日本でも参考にされるべきかもしれません。
また競争的資金以外に研究資金を得る方法もあります。私が所属していた Salk研究所では、研究費の多くを寄付で賄っていました。たとえば、Symphony at Salkというイベントでは、トニー賞やグラミー賞受賞者のコンサートを開き、晩餐会を通じて一夜で約1億5000万円の寄付金を毎年集めています3)。さらに、多くの研究施設には、寄付者の名前を冠した設備が見受けられます。これらは、文化や税制優遇の違いもありますが、科学研究の推進において優れた方法だと感じました。
しかし、アメリカの研究者も必ずしも恵まれた環境にあるわけではありません。アメリカの物価高を考慮すると、地域によってはポスドクが十分な給与を得られていない場合もあります。また、PI(研究主宰者)は競争的資金の獲得や寄付者への研究説明に追われ、必ずしもライフワークバランスが取れているとは言えない状況です。さらにアメリカでも、physician-scientistとして独立するまでに時間がかかることが多く、その過程でキャリアを諦めるケースも少なくありません4)。
研究時間や資金をどのように確保していくか
アメリカの研究体制が理想的とは限らないことを踏まえた上で、日本においてどのように研究時間や資金を確保するかを考える必要があります。現在進められている科研費増額を求める署名活動5)は、競争的資金を増やすことが最善の解決策かどうかは議論の余地がありますが、科学者が政策に働きかけるための重要な第一歩です。これにより、臨床業務の負担軽減や研究支援体制の充実にもつながることが期待されています。
また、クラウドファンディングも、研究資金を集める新たな手段として注目されています。実際、私の上司である新村健教授がライフワークとして進めている丹波篠山地域の高齢者コホート研究では、昨年クラウドファンディングを通じて900万円以上の支援を得ることができました6)。今後は、研究の魅力を広く伝えることの重要性がさらに高まっていくと考えています。
終わりに
最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。私たち医療者が研究に取り組み、成果を上げていくためには、今後もさまざまな取り組みや工夫が必要だと感じています。日々の臨床や研究を真摯に続けながら、医療者がより多くの時間と資金を確保して自由に研究に専念できる環境づくりに少しでも貢献できればと考えています。これからも財団の一員として、そして医師として、さらなる向上を目指し努力していきたいと思います。
1)文部科学省:今後の医学教育の在り方に関する検討会 中間とりまとめ (案)、2023年9月
2)日本の研究力低下と基盤的研究費について、2024年6月
3)https://sdnews.com/es/symphony-at-salk-raises-more-than-1-million-for-research/、2022年8月
4)Ganesh K, The joys and challenges of being a physician-scientist, Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 2021 Jun;18(6):365
5)科研費増額要望書、2024年9月
6)お年寄りの健康寿命を延ばしたい|血液中の長寿因子の探索にご支援を、2024年1月
執筆:庄嶋 健作
兵庫医科大学総合診療内科学 助教