第11回 "アメリカで医者をするには"


“へえ、アメリカで医者をしているんですか。どうやったらアメリカで医者ができるのですか?”

よく聞かれる質問です。ちょっとまとめてみます。

  1. 日本のお医者さんがアメリカで医者をするには、日本の医師免許が必要です。
  2. USMLEと呼ばれるアメリカの医師免許試験に合格する必要があります。
  3. アメリカでResidency Programと呼ばれる正式の研修プログラムに入り、最低1年、もしくは州が定める研修年数修行すると医師免許がもらえます。
  4. 自分の専門分野の専門医試験を受け認定専門医の資格を取ります。

実際に医師として活動するには薬を扱えるDEA Licenseも必要で、医師免許を持っていれば簡単に取得できます。DEA License にはState DEAとFederal DEA の2種類あり、両方とも必要です。DEAとはDrug Enforcement Agencyの略で日本でいう厚労省麻薬Gメンというところでしょうか。

お薬の管理監督をするのだから、ネクタイに背広のお役人風の人たちと想像されるかもしれませんが、全然違います。アメリカでお薬といえばヘロイン、コカイン、覚せい剤などで、麻薬密売組織は巨大な組織犯罪集団です。機関銃から手投げ弾、ミサイル砲まで持っていて大変危険な連中です。そのため、DEAの捜査員は殉職率高く、全員防弾チョッキにライフル、拳銃で武装する、どちらかというと荒くれ男の集団で、アメリカの警察所轄の中では武闘派に属しています。

DEA Licenseは医師免許を取得したら、申し込めば発行してもらえるのですが、そこにはアメリカ独特の行政の縄張り意識みたいなものがあります。私はハワイ州の医師免許を取得した後、連邦のDEAに電話してFederal DEA Licenseを発行してもらえるように頼みました。すると、

”Federal DEA License を出すためには、State DEA License Numberが必要です。”と言われたのです。そこでState DEA に電話すると、

“State DEA License 発行にはFederal DEA License Numberが必要です。”と言われたのです。

これではいつまでたってもDEA License は取得出来ない訳で困ります。往々にして州と連邦は仲が悪いというと言い過ぎですが、どうもライバルの対立関係にある兆しが否定できません。さて、困った状態になりましたが、こういう場合、アメリカではどうするかご存知でしょうか。怒鳴るのです。あんたたち、おかしいじゃないか。こっちでLicense出せというと、相手のLicense Numberが必要という。相手も同じ事を言っている。これでは誰もDEA License Numberが取れないじゃないか、と怒鳴ると、さっとLincenseが発行されるのです。アメリカは行政や法秩序の重層構造からなっており、その調整も全てがきちんと整備されている訳ではありません。日本に比べるとかなり大雑把な枠組みで社会が出来ているのです。制度が整備されていなければ、問題を解決しようとすれば個人の権利や意見を強く主張すれば、違法でない限り、すっとその主張通りに物事が動くのです。つまり、物事が動かなかったら怒鳴ってみるのもいい方法なのです。

アメリカの医師免許は賞状みたいなものが一回目は送ってきますが、これは一回きりで、普通はクレジットカードほどの紙が送られてきましてこれが医師免許となります。州によってはCredit Cardと同じプラスチックでできたカードを送ってきますが、ただの厚紙の場合もあります。通常2~3年の有効期限が付いていて、数年おきに再発行の手続きを行います。

医師の免許更新には勉強したCME単位が一定数必要です。CMEとはContinuing Medical Educationの略で、教育の質によってcategory I, category IIなどに分類されていて、通常1時間の講義で1 creditがもらえ、免許更新にはハワイ州の場合、20 credits必要です。このような免許更新に必要な講義は大きな病院では週一回決まった日に行われていて、出席したら、出席カードに講義の内容に対する評価と自分の署名を書いて提出します。すると年度末に病院から今年の分のcreditの内容のreportを送ってきます。

CME 単位を取るのに最も簡単な方法は学会に出席する事です。自分の属している学会に費用を払い最初に出席手続きを済ませると、あとは講義に出ようがサボろうが、学会出席に許される最大限までの単位数を許される範囲で好きなだけ申請できます。本当は、出席した講義数分だけを請求すべきなのですが、何しろ出席簿で出席を確認しておりません。紳士協定で申請した分は全て認めてくれます。私は器が小さいので、自分が出席した分しか請求したことがありませんが、その気になれば水増しも可能なわけです。

しかし、もっと別な方法でcreditを取る方法があります。専門医試験に合格する事です。合格すると70 creditsぐらいいっぺんにもらえます。1 credit 1時間の勉強でもらえるので、専門医試験に合格するには70時間ぐらいの勉強に相当すると解釈されているわけですが、実際にはアメリカの専門医試験をたかだか70時間の勉強では歯が立ちません。普段の勉強量にもよりますが、約1,000時間ほどの勉強で合格スレスレでしょうか。

ところが、もっと簡単にcreditを取る方法もあるのです。オンラインで講習を受け、試験を受けてcreditを稼ぐ方法があります。例えば、医師免許更新であと1週間で20 creditsを揃えて提出しなくてはいけない場合、お金を払ってオンラインで簡単な試験を受け、20 creditsを揃えてしまう方法があります。これは本当に楽で あっという間にcreditが取れますが、高い費用を払わなければなりません。やはり、普段から勉強会や学会に出て、コツコツ勉強していくのが一番です。

アメリカは州ごとに医師免許を出しているのですが、大体、どの州も同じ試験を使い、医師免許に必要な研修年数が違う程度です。アメリカで州の免許を取るのが一番難しいのはカリフォルニア州です。単にUSMLEに合格しているだけではダメで、州独自の口頭試問に合格しなければ免許がもらえません。私がカリフォルニア州の口頭試問を受けた時はUCSFの病院で行われました。持ち時間は10分間で、部屋に入ると2名の試験官がいて質問をしてきます。頭が痛い場合の鑑別診断をいえ、というのが第一問でした。苦労して20~30の病名をいうと、”What else?”と聞いてきます。

主要な疾患はもう出し尽くしたので、脳みそを絞ってもう20ばかり疾患をいうと、”What else?”と聞いてきます。死ぬ思いでさらに20ばかり鑑別診断を絞り出します。もうここら辺で、息は絶え絶えになってきます。第二問は 妊娠第1週の妊婦が不整出血をきたした、どう対処するか、という質問でした。絶対安静にして、妊娠がまだ継続しているかどうかhCGを測定すると、答えると、試験官が、いや、この患者は流産をしたのだ、だからD&C(Dilation and Curettage)をしなければならない、と言い出しました。これに対して私は、出血だけでどうして妊娠継続可能でないと結論づけられるのですか、お言葉ですが、検査をしないでD&Cをするのは間違いだと思います、と反論。なにを受験生のくせに試験官に同調しないとは生意気な、という感じで双方睨み合いのうちに時間切れとなりました。最悪の試験でしたが、しばらくしてカリフォルニア州の免許が送られてきました。どうやら、わざと間違った意見を言ってみて、どう反応するのかを見ていたようで、精神衛生上好ましくない試験だと思います。

皆さんもカリフォルニア州の医師免許の口頭試験を受ける際はお気を付けください。

ジャナメフ【2017年10月16日】


著者プロフィール
小林 恵一(こばやし・けいいち)
1980東京大学文学部西洋史学科卒業、1988年神戸大学医学部卒業。1990年~1993年南カリフォルニア大学ハンティントン記念病院内科レジデント、ハワイ大学内科レジデント。東京八王子東京天使病院内科部長、御代田中央記念病院副院長を経て、1997年米国ハワイ州ホノルルにて開業。2014年より財団評議員。